インド百景。

坂田マルハン美穂のインド生活通信

 
 

今回の慈善団体訪問に際しては、今までで一番人数の多い20数名が参加希望されていた。そんなこともあって、この日時をはずすことなく、代替案を探したのだが、目的地の有り様が、当初の行き先と違いすぎる。ロケーションも異なる。

参加者に決して無理を強いるつもりも、その必要もないので、再度、出欠を確認することにした。

ミューズ・クリエイションが「慈善活動を目的とした」という冠を掲げながら、同時に「楽しく活動すること」を重視していることに対し、疑問視される向きもあるだろう。

が、そもそも、とりたてて奉仕の心も、慈善の精神も持ち合わせておらず、それなりに私利私欲に生きて来たわたしが、インドに暮らし始めて、意識に変化が起こり、試行錯誤しながら活動を行って来た延長線上に、今がある。

従っては、深い理屈や、理想論を掲げず、そのときそのときに、集う人たちにできる精一杯のことを実現できればと、今のところは思っている。無理にメンバーを増やす必要もないし、人数が多いからといって、わたし個人が得をするわけでは、もちろんない。

また、インドの貧困層、底辺で暮らす人々のシビアな現状を目の当たりにすることが、必ず正しいとも思わない。自分ができる方法で、自分の心身の負担にならない程度に、前向きな気持ちでやれることを、ミューズ・クリエイションではやってもらえればと思う。

……などと、前置きが長くなった。さて、大半のメンバーが、継続しての参加を表明してくれたものの、「不安だ」という言葉が散見された。正直なところ、わたしとて、参加するそれぞれの人たちの、精神的なキャパシティ、耐性を知らないから、不安はある。途中で気分が悪くなられでもしたら、それも困る。

言うまでもないが、途中での「早退」、あるいは、車内での「待機」もノープロブレムですとの注意書きを、再度メールにて知らせておいたのだった。

そして迎えた当日。朝、運営者のラジャに確認の電話を入れたところ、「みなさんが到着する頃に、わたしも戻ります。今、向かっている途中です」とのこと。普段はこの施設に住んでいると聞いていたが、朝からどこへ出かけていたのだろう、と少し訝しく思いつつも、わたし自身は、待ち合わせ時間より30分早めの10時に現地に到着。

寄付の品々を車から降ろしたあと、ドライヴァーのアンソニーに、大通りの分岐点に戻って待機してもらい、参加者のドライヴァーが道に迷わぬよう、誘導してもらう。

我が家のドライヴァーが、現在のアンソニーに変わってからというもの、彼の貢献度は非常に高く、我々の暮らしもかなり快適になった。とはいえ、先週、義理の両親が滞在していた1週間、彼は風邪を引いてまるごと欠勤。一年で最も忙しい日々、タクシーを使わねばならなかったのは、実に不自由であったが、仕方がない。

さてメンバー全員が集合したあとも、まだラジャは到着しないので、アシスタントの男性と話をし、取り敢えず、「子供のビルディング」を訪れることにした。

ぞろぞろと大挙してやってくる異邦人の姿に、子どもたちの顔は、硬直気味。泣き出す子供はいないものの、明らかに緊張しているのがわかる。こんなときには、笑顔。そしておやつ作戦だ。普段は、「空腹を満たすための」廉価なビスケットなどしか食べていない子供たち。

ときには、「ファンシーなもの」も食べたいだろうと、イチゴクリームのオレオとロッテのチョコパイ(どちらも、インドで製造されている)を持参したのだった。

メンバーが手渡すビスケットを、大切そうに受け取る子どもたち。一人二つ以上は十分にあるのだが、一つだけを受け取って、次を要求しない子どもたちが大半だ。

片方のビスケットを剥がして、イチゴクリームを舐め舐め食べる様子は、どこの国の子供とも同じだ。受け取った物を大切そうに握りしめ、見つめる女の子……。

お菓子を受け取って、少し緊張が解けたようだ。一気に食べるのがもったいないと思うのだろう、少しずつ少しずつ食べる子供もいる。あたりが、イチゴクリームの甘くていい香りに包まれる。わたしも1枚食べる。なかなかに、おいしい。

そうこうしているうちに、「遅くなってごめんなさい」と言いながら、運営者ラジャがやってきた。実は、夕べ、マイソール市内に行き倒れの人が8名いるので、救出に来て欲しいと連絡があり、施設の救急車で赴いたのだという。マイソールとは、バンガロールの中にある街ではない。車で5時間ほどもかかる、隣の小都市だ。今朝、人々を車でここまで搬送し、自分はバイクで、朝5時に現地を出発して、舞い戻って来たらしい。

彼の名、彼の活動は、実はメディアでも広く紹介されており、知る人ぞ知る存在だ。彼は、頼られるがまま、そんな遠い場所までへも、自ら、救出に向かうのである。改めて、驚いた。頭が下がる。

さて、おやつのあとは、歌の時間だ。まずは子どもたちと一緒に、毎度おなじみの、Head, shoulder, knees and toes! を身体を動かしながら歌う。頭、肩、膝、つま先、目、耳、口、鼻、 頭、肩、膝、つま先、の順番で、両手でその箇所をポイントしながら歌う子供の遊び歌である。これをやっているうちに、子どもたちの表情が、少しずつ生き生きとして来た。その後、我々の持ち歌を数曲、披露する。

まだ1歳になったばかりの赤ちゃんも、うれしそうに真似をしている。まさに「産み捨てられた」状況にあった子どもたちの、屈託のなさそうな笑顔……。

そして、魚釣りゲーム! まずは海(ブルーシート)を広げて魚介類をちりばめる。すべて、空き箱などを台紙に利用してメンバーが作ったものだ。釣り竿も新聞紙を丸めたもので作られている。

釣り糸の先に磁石をくっつけ、魚介類にクリップをくっつけている。この釣りは、なかなかに楽しいのだ。

この施設の子どもたちが、これまで訪れたどの団体の子どもたちよりも、「遊びに飢えている」いや、「遊びを知らない」かが、痛いほどに伝わってくる。

子どもたちの様子を見たラジャが、言う。

「今日は本当にびっくりしました。この場所に、こんなに一度にたくさんの人たちが来てくれたのは初めてのことだからです。そして、子どもたちが、こんなに遊んでもらったのも、初めてのことです。……本当に、ありがとう!」

子どもたち、メンバーともに、まずは釣りをするチーム、折り紙をするチームにわかれる。毎度おなじみ、子供の頭にぴったりサイズのカブトが作られる、経済誌mintを正方形に切って準備していたもので、子どもたちにカブトと作って被せる。

どの団体の子どもたちも、被り物は大好きだ。

作ってもらったカブトを、大事そうに被る子供の様子がまた、かわいらしい。

メンバーが履いているスニーカーのヒモで遊ぶ赤ちゃん。ヒモを穴に差し込んでいる。そういえば、子供の玩具で、こういうものがいろいろあるな、と思い巡らす。この次は、そういう遊び道具を作って持って来るのも、いいかもしれないと思う。

いつまでも、いつまでも、ビスケットのイチゴクリームを、大切そうに舐めている男の子。甘くて、いい香りのするお菓子は、国境を超え、境遇を超えて、子どもたちが好きなものなのだ。

右の赤ちゃんは生後1カ月。まだ子供のような顔をした少女に抱かれている。その少女こそが、この赤ちゃんの母親だ。

「彼女は、この赤ん坊を要らないと言っているんだ。この子を置いて、ここを出たいらしい……」

とラジャが悲しそうな顔をして言う。「父親は?」と問えば、静かに首を横に振る。

前日、寄付する品々(大量の小麦粉や砂糖、スパイス、菓子類、そして石鹸やシャンプーなど)を買い求めに行ったスーパーマーケットで、子どものための遊びの本があれこれと売られていた。

着せ替え人形や、切り貼り遊びの本など十数冊を購入しておいたのだが、これが大人気だった。塗り絵もいいだろうかとは思ったが、塗り絵の絵が、あまりにも粗雑だったのと、クレヨンなどを追加で買いに行く必要も出てくるので、今回は切り絵とスティックのりなどを購入して持って行ったのだった。

【感想1】

今朝出かけるまでは、正直少し緊張していましたが、子供達の笑顔に癒されて本当に楽しい一日でした。貴重な経験が出来たことに感謝しています。


【感想2】

思ったよりかは? 大丈夫でしたが、初の慈善団体訪問で私には少しハードルの高い場所だと感じる部分がありました。

急な訪問先変更だったので仕方ないのですが、どんな疾患や精神状態を抱えているのかわからない大勢の大人たちと、どのように接するべきかわからずちょっと怖かったです。

でも子供たちと触れ合い笑顔が見れたのはよかったです!

あと、ぼーっとしてた大人が、明るい選曲で笑みを浮かべてたのはちょっとほっとしました! やっぱり私たちの笑顔が、みんなに伝染したんでしょうか、笑顔って大事ですね(^^)


【感想3】

今回は私にとって、昨年の公立小学校訪問以来、2度目の慈善団体訪問となりました。今までこうした施設を訪れたことのない私にとっては、やはりこの施設で目にする光景や匂いはショックで、特に大人のビルディングを訪れた際は、救いようのない絶望感を感じ、恥ずかしいことですが、その場から早く立ち去りたかったです。

直接人々と触れ合って話しかけることはできませんでしたが、最後に数人の老人が手を合わせて「ナマスカラ」と笑顔を見せてくれたことで救われた思いがします。子供ビルディングで出会った子供たちは想像していたよりも明るく感じました。

なかでも、配られた数字の本を大事に抱えながら、私に数字が読めることを一生懸命に伝えてきた男の子はとても人懐こくて利発そうな子でした。

一緒に本を読みながら、「、、、13 Stars、14 Fishes 」 と14まで数が読めました。(恐る恐る)脂ぎった男の子の頭を撫でながら褒めてあげると、とても誇らしげに笑いました。

多くの子供達がたわいもない ”スティックのり” や ”本” に魅了されていましたね。教育の機会が平等に与えられるならば、この子達にもきっと色々な可能性があるであろうにと思わずにはいられませんでした。

「もっと学用品を届けてあげたい」、そんな気持ちになりました。

また、魚釣りの釣竿を独り占めしていた女の子は、ワンピースのポケットに沢山の魚を入れて大事そうに抱え込み、何度か釣竿を他の子供に貸してあげてと促しても、言うことを聞いてくれませんでした。

でも、考えてみれば、この子は生まれた時から、”独り占めできる物” を持ったことがないのですよね。物でなく、独り占めできるお母さん、お父さんもいないのだなあ、としみじみ思いました。

だから、たとえ、数十分でも ”自分のもの” を作ってあげたい、としばらくそっとしておくことにしました。

そんな思いを抱くのも、普通の生活をしていたら気づかない些細なことです。さて、これからもっと魚を作らなくては!

Museを卒業したら、たぶんこうした施設を訪れることはないでしょう。世界にはこうした 境遇に置かれている人々がいる、そのことを知った今日のことは忘れたくないと思います。


【感想4】

最初の子供たちの家ではみんな、かわいくてたまりませんでした。二階の子供たち(注:心身に障害があり外に出られない子供たち)も見たかったのではないかなと少し心残りではありました。

以前、わたしも日本ではサンバの団体で施設訪問をしていました。自閉症の子供たちの場合は、音が怖くて、大きな音、いつもと違う環境にパニックを起こし、壁に頭を打ち付けるなども見てきましたのでもしかしたらそういった配慮だったのかなとも思ったりしました。

実際、動けない、という子供たちも居たようですが。

つりのセットは竿が圧倒的に足りなくて、もっと次回は本数を増やしても良いかなと思いました。つりセットは子供たちが手先を使い、魚をマグネットから外す、リバースするなど、刺激をばんばん受けると思いましたので大正解だと思いました♪

折り紙は、わたしもたくさん作れる方ではないのですが、いろいろ興味を持ってくれる子供が多くて、面白かったです。

最後は横に居た女の子が全部ワタシのだ!と取ってしまい、こどもたちで少し喧嘩になりました。ここですごいとおもったことがあります。

釣りの場所、折り紙の場所で、それぞれ少し争いが見受けられました。気に入らない子を少しからだでぐいっと押したりしているのは見たのですが、一人もバイオレンスな子供が居なかった事です。

大きい子がきちんと悪い子に言い聞かせていました。きかん坊の子は自分より小さいこの言う事いじわるをしてはきかなかったのですが、おにいちゃん、おねえちゃんのいうことはしっかりと聞いていました

日本だったら幼稚園の教室に入った途端に殴り掛かって来る子供が居たり道具を使って殴ってくる子、鉛筆で顔を狙う子、危ない子供をたくさん見てきました。

ものの数分で、あの人数が居たら日本だったら間違いなくもっと大きな争いは普通にあると思います。

あの場所の子供たちはお友達を叩くということをしないなと思いました。

そのほか、子供たちについて感心した事です。お菓子を子供たちに配ったときに二つ目をあげるとみんな要らない、ひとつでいいと言うのです。たくさんあって二つ貰っていいのだと認識してはじめて手を出してくれました。みんな、とても良い子に育ててもらっているのだなと思いました。

大人の部ではわたしたちの居た方で何人も施設の女性が近寄って来ていましたひとりのミューズのメンバーがきれいなピアスをしていました。(ぶらさがりタイプ)。その女性は最初はいろいろな人に話しかけていましたが、どなたか忘れてしまいましたがミューズのメンバーのピアスがきにいったようできれいだと触っていました。

その瞬間にひゅっとピアスを耳から抜き取り逃げようとしました。もうひとりの方がそれにすぐに気づき彼女を捕まえて握った手を開かせかえしてもらったのですがおそらくいままでそのような癖のあった女性だったのかなと思いました。すごい早業でしたので。

そしてわたしと一緒にずっと手をつないで歌っていた女性が居ました。「みあげてごらん夜空の星を」と「ハナミズキ」をわたしのくちのうごきを見ながら最後まで一緒に真似て歌ってくれました。

歌と踊りの好きな民族ですのでほんとうに音楽は良いなと思いました。

ダンスは日本では施設訪問時は、一緒に踊っていましたが今日のように手をつないであげて、足だけちょっと踊ってみると真似る子が多かったです。少しだけ身体を動かすだけでもとても良いみたいです。手を叩いてみたり。

それと、楽器を手づくりでよく作っていました。ガンザ(シェーカー)と言いまして空き缶やペットボトルの中にお米や豆を入れます。(牛乳パックでも良いですが、空き缶と並んで音を出すと圧倒的に音が負けてしまいます。)それをたくさん作って子供たちに持たせて一緒に行進したりします。

ただ、楽器を振り振りしながらならんで歩くだけでもとても楽しいようです。その施設施設で違うと思いますが子供たちが多く、敷地が広い場所があればそれも楽しいと思います。


【感想5】

インドの現実を知って、感慨深い一日となりました。

身体的、精神的に病んでいる方を目の前にすると、どう接したらいいのかよくわからなかったのですが、歌を通じて一緒に楽しんでもらえたみたいで、とても安心しました。歌の力を感じました。

今回訪問して、とてもいい経験になったと思います。


【感想6】

到着してすぐ、入所している女性から壁越しに声をかけられ、悲惨な身の上話から、最後にはアメリカ大統領に日本のパスポートを送ってもらうよう言ってくれないかと言われ、心を病んでしまっている人を目の前にして少々怖気づきましたが、子供たちが私たちの持って行った遊びを楽しんでくれた事や、女性たちが踊ったり涙ぐんだり、最後には拍手をしてくれたのを見て、行って良かったな、と思いました。


【感想7】

今回は、やはり、今までの訪問先よりもずっと緊張はしましたが、中に入ってしまえば、子供たちがただもう単純に可愛いことには変わりなかったです。

そして、難しいこと抜きにして、歌、魚釣り、折り紙、ペーパーブック遊び、「遊び」というものが一番のコミュニケーション方法であり、きっとよろこんでくれる!と思って準備していたことすべてを素直に楽しんでくれている様子、そしてこれらを通じてだんだんお互いに近づいていけることがとても嬉しかったです。

具体的には、なぜか「のり」がとっても人気で、ペーパーブック以外にもかぶとなどに塗り塗りしたり、どこでも奪い合いになっていたほどで、「のり」を持っているだけで、「アンティ、アンティー」とちょっと人気者みたいな気分でした。塗る、つながりで、次回は「ぬりえ」なんかもいいかもしれませんね。

また、彼らが「遊び」にいかに飢えているかがとてもよくわかり、ただモノやお金を寄付するということだけでなく、今回の私たちように子供たちと遊ぶという活動もきっと必要とされているのではないかと、しみじみと感じました。

それから、大人女子たちも、最初はけだるそうにご飯を食べていたりしたのに、歌が始まった途端、しっかりオーディエンス体勢でまなざしは真剣そのもの、そして楽しい曲では踊りだすといったあの様子から、音楽というものが彼女たちの心に与える影響がいかに大きいかもわかりました。

チーム「歌」、やはりなくてはならない存在ですね。

また、先日、チーム紙のランチで、美穂さんがおっしゃっていた「貧しい子に食べ物を与えるのはチャリティーではない、社会の責任だ」(注:給食センター、アクシャヤ・パトラのポリシーの一つ)ということ、それをまさに実践しているこのような施設を直に見られたこと、非常に意義深い経験でした。本当に参加してよかったです!


【感想8】

本日 参加できませんでしたが 一言・・・・

HOME OF HOPE 昨年甥っ子がボランティアさせて頂いた所で、甥っ子から帰国後、ドネーションを預かりお届けしたことがあります。躊躇しながらも出向き、平気で帰宅出来たとは言えません。。。。。一人で行ったということもあり 恐々としていた自分が居たと思ってます。

写真を拝見させて頂いて ミューズのメンバーの笑顔にスゴーク感動してる私です。。。。


【感想9】

昨日は、貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。

実は、私は、以前看護師として仕事をしていたことがありました。看護学生時代に、精神科病棟にも実習に行ったことがあります。けれど、だからといって、私自身もボランティア精神に富んでいるということはありません。看護師は天使ではなく、同じ人ですから…。

その当時、精神科実習の時に感じていた思いは、『怖い』という感情でした。私が担当していた方も、過去に話すに耐えられない酷い体験をしており、その結果精神が崩壊してしまい、見放され、保護されたような形で入院という過程を経ている方でした(10代の男性)。話しかけても視線は合わず、むしろ時々、殴ってこようとするような仕草をしたり。(実際には、他人は殴らず自傷に走ってしまう方でしたが)そういう方の身の周りのお世話をしたり、治療をしたりということは、看病する側の精神や度胸、パワー等も大いに必要であり、また試されるような気持ちでした。

あれから10年以上が経ち、今回の慈善団体訪問。ひょっとしたら、同じような状況の場所なのではないだろうか?! という緊張が正直ありました。

けれど、この機会はチャンスなのではないだろうか。もう一度、そういう現実を目の当たりにした時、自分はどんな感情を持つんだろう。また、同じかもしれない。でも、もう一度向かいあってみよう。また、その方達をお世話しようと決めたラジャさんにもお会いしてみたいという興味から参加させていただきました。

訪問してみて思ったことは、自分の想像よりも穏やかな姿を見ることができ、安心しました。子ども達に、笑顔があり、遊びに夢中になる姿があったこと。そういう状況を作り出せる美穂さんをはじめ、ミューズのパワフルさがあったからかもしれないですが、怖いという思いよりも、行って良かったと感じました。また、こういうインドの現実を知れたことも、私にとって学びのある時間でした。

大人の女性の方にも、音楽から気持ちへ働きかけることができていたように感じました。次回に向けて、更に、ワクワク楽しくなるような音楽も披露できると、いいなぁと思いました。ありがとうございました。


【感想10】

ドミニカン・シスターズの予想外のキャンセルで、希望の家の訪問となったわけですが、私は先のOWCで紹介していた時からとても気になっていて、一度訪れてみたいと思っていました。

美穂さんの言うとおり、訪れた感想は「思ったより大丈夫」でした。甘えることをあまり知らない子供たちとも短時間で徐々に打ちとけて、背中に身体を預けべったりと甘えてきたり、ずっと無表情だった男の子、最後は一変して自分から抱かれにきたり、普通の子供になっていくのを見るのは、とても嬉しいことでした。

大人たちとも、今日はだれか知らない人が来て何かしていったな?ぐらいの認識でしょうがそれでも、なんだか楽しかったと心に残ればいいなと思いながら参加しました。音楽ってやっぱりいいですね、

子供たちとは折り紙やつりで遊ぶことが出来ますが、大人たちに対しては何をすれば??と訪問する前は考えていましたから。

が、家に帰ってからあの子供達はあの施設でずっと成長していくのかな、施設にいる大人たち、ここを終焉の場所として生きていくのかな、と、家事をしながらあれこれと彼女達や子供達に想いを寄せて胸が一杯になりました。

何も出来なくても、こうした訪問をきっかけとして立ち止まって考えることから始めたいと思います。失うことを恐れるより、与えることで喜びを感じたいですね。

年齢もバックグランドも様々な人たちと同じ目的で、こうして行動できるのは、ミューズという存在のおかげです。先日、ミューズ立ち上げのいきさつをお聞きして行動を起こす事がとても大切な一歩だと認識しました。一人では踏み出せないことも、みんなと一緒だと大きな力になることも。


【感想11】

こちら側の人数が多かったので、できることとできないことがあったかと思いますが、本当に、行けてよかったと思いました。

子どもたちは、境遇がよくわかってない子もいるので、無垢でかわいいなと思いましたが、やはり、女性たちのHouseは衝撃的でした。

あんなに多くの方が身寄りもなく、家の外に放り出されている現実があること、ちゃんといろんな面からこの国を見なさいと、言われたような気がします。


【感想12】

今回の施設はかなりヘビーだと思ったので気合を入れて臨んだのですが、自分が考えていたような辛さはありませんでした。でも、最後に女性たちの前で歌わせていただいた時、一緒に踊ってくれていた女性を見て何とも言えない気持ちになり、お恥ずかしい話ですがちょっと涙が出ました。

可哀想とかいうのとも違って、うまく言葉で表現できませんが、ここでこうして生きて、死んでいく人がいることを実感した、という感じでしょうか。

私たちが寄付金以外に何を残せたかは分かりませんが、自分にとっては本当に貴重な経験でした。いつも思うことですが、行って良かったです。今回はたくさんの人数で行けたことも良かったと思います。


【感想13】

今回、急に訪問先が変更になりましたが別に何も考えずに参加させていただきました。

精神を病んでいる方もいらっしゃるとのことでしたが、個人的にはあまり気にならず、子どもたちとのふれあいが楽しかったです。

日本人とは距離の取り方が違う国民性もあるのか、大人の女性も人懐っこく寄ってくる方もいて、最初は若干ビビリましたが、少しでも楽しんでいただけたのなら行ったかいがあったかなぁ。と思います。

この小さな女の子は、野菜の図鑑を熱心に眺めていた。ヒンディー語と英語で、野菜の名前が記されている。

もっと、たくさんの本を持って来よう、とも思う。遊び道具も大切だけれど、少しでも勉強につながるものを、提供したいと思う。

女子からだけでなく、男子からも、人気度の高かったファンキーな着せ替えの紙人形。大人たちも懐かしくて、ついつい遊びに気合いが入る。スティックのりを扱うのが、きっと初めての子どもたちは、面白がって、なんでもかんでも、のりでくっつけようとする。

そして、どの団体を訪れても、必ず一人はいる、折り紙が得意な少年。テキパキと、作品を折り上げてゆく。

あっというまに約1時間半が過ぎ、子どもたちもお昼ご飯の時間となった。いつまでもチョコパイを大切に食べていた男の子。すでにチョコパイはボロボロの粉末と化しているのだが、それを指先で大切につまみながら、食べている。

腕に銀色の丸いシールを目一杯貼り付ける女の子。わたしもおでこに一枚。

1時間半前とは全く異なる表情の子どもたち。上の写真に遡って見返していただければ、一目瞭然だと思う。スーパーマンの青いTシャツを着た男の子は、人懐っこい顔で「写真を撮って!」と、しきりにせがむ。 あっというまに打ち解けてくれて、本当にうれしかった。

さて、子どもたちに別れをつげたあと、隣接する女性が住むビルディングへ赴く。前回は、子供、女性、男性それぞれ分かれた3カ所のビルディングを訪問したが、今回は、子供と女性のビルディング(本部はここにある)の2カ所だけを訪れることにしていた。

3年前とは異なり、地面だったところにタイルが張られ、屋根が取り付けられ、座り込める空間が増している。ダイニングのエリアも整備されていた。しかし、収容されている人たちの中には、トイレへ行くことなく、放尿してしまう人もいるようで、オープンエアにも関わらず、匂う。しかし、怯んでもいられない。驚くことに、中庭にオーディオコーナーが設けられ、音響設備が整えられていた。

以前、ラジャが「みんなにエンターテインメントを楽しませたい」と言っていたのだが、誰かが寄付してくれたのだろう。みなが音楽を聴いたり、映画を観たりすることができるという。そこに、キーボードを運び込んで、さて、わたしたちも、音楽を披露だ。

無表情に、物憂げな女性たちが、しかし、わたしたちが歌う準備をしていると、三々五々、集まり始めた。チーム歌のメンバーと、歌う曲も選び、一応練習もしているのだが、その場になって、「やっぱり、あれも歌う?」「これも歌っちゃえ」みたいな感じで、5曲ほど、歌った。踊れる歌も、交えた。

無表情でも、真剣にわたしたちの歌う顔を見てくれる女性たち。

笑うと、歯を見せて笑顔を返してくれる人も何人かいる。彼女たちが何を思っているかなど、全く察することなどできるはずもないが、わたしたちが楽しんでる様子を、わかってくれているような気はした。

歌を終えて、今日のイヴェントは終了。皆は帰り支度をしている間、わたしはオフィスで寄付金をお渡しする。今回は、3万ルピーを託した。購入した寄付の品々を含めると、合計で4万ルピー弱。450人もの人々をサポートするこの団体にあっては、本当に微々たる支援ではあるが、それでも、なにもしないよりは、いい。

実は、ラジャは、前回わたしが訪れたことを、覚えてはいなかった。ただふらりと立ち寄り、寄付金や物を渡す人は、たくさんいるからだ。

でも、この日のことを、彼は決して忘れないだろう。日本人女性が大挙してやってきて、子どもたちと遊び、女性たちと歌い踊った。

この日参加したメンバーはそれぞれに、いつもとは違う気持ちで朝を迎え、少し緊張しながらこの施設を訪れたに違いない。それは、わたしとて、同じだ。しかし、こうして訪問を無事に終えられて、本当によかったと思う。

時刻は1時過ぎ。都合の合うメンバーらと、帰路、ランチをとるべくコリアンレストランへ。バンガロール北部郊外には慈善団体がいくつかあり、その帰りにはなにかと、コリアンレストランを利用するのだ。などという話は、どうでもいいことかもしれん。

が、慈善団体訪問を午前中にしているのは、午後、気持ちを切り替える時間があったほうがいいと思うからだ。また、ランチでみながそれぞれに、午前中の経験を消化するのも、大切な時間のような気がしている……。などと書いているが、実際、反省会もそこそこに、みな、すっかり別の話題で盛り上がっている。気分の切り替えが早い方々である。

一方のわたしはと言えば。この日は久しぶりに、午後をゆっくり過ごそうと決めていた。翌日からまた、デスクワークその他が続くので、半日は、こうして記録を書き残したりして、ゆっくり過ごしたかったのだ。にもかかわらず、気だるそうな声の夫から電話。

「美穂……。熱が出たから会社を休んだ。だるい。頭が痛い。吐き気がする。だめだ。死にそう。帰りに、ココナツウォーター、買って来て……」

まじかよ! ってか、またかよ! 

ドライヴァーのアンソニーが復活したかと思ったら、今度はあなたですか。ようやく義理両親が帰ったと思ったら、あなたがご病気ですか?! ある意味、体調を壊すと、子供並みに手のかかるマイハニー。ど〜んと一気に疲れが出てしまう。せっかくのブルコギの味が台無しだ。

帰宅すれば、確かに熱が出て寝ている夫。デング熱の恐れもあるので、こまめに熱をチェックするが、38度から39度程度。雰囲気的に、デングではない感じだ。にも関わらず、この世の終わりのように辛がる夫。嗚呼。

結局、昨日、そして今日と、薬を飲むことなく熱を出し切って下げるいつもの方法で「看病」をし、かなり睡眠を取らせたところ、夕方にはかなり回復した。しかし念のために病院に行きたいというので連れて行くが、ドクターが抗生物質を処方した途端に、不機嫌に。

「これだから医者はいやなんだ」と、病室を出た後、わたしに向かって悪態をつきはじめる抗生物質を嫌悪する夫。西洋医学では、このような症状の場合、抗生物質や解熱剤、鎮痛剤を処方する以外、治療方法は特にないのが一般的だと、わかっているはずなのに。

病院から戻り、リンゴを食べ、キチリ(インド風の豆と米のお粥)を食べ、熱が下がったといいながら、クリケットを見始め、結局、薬も飲まず、いったい何のために病院に行ったのかという話だが、短期間で回復してよかったといえばよかった。

そんなわけで、どうでもいい話で締めくくってしまったが、今回は、参加したメンバーに、任意でコメントを書いてもらった。わたしの視点からだけでは、決して見えない当日の様子を、みなさんの経験を通して、シェアさせてもらえればと思い、以下に掲載しているので、ぜひ、読んでいただければと思う。

後日、また追加で増える可能性があるが、ひとまず、今、手元にある記録だけを、アップロードしておきたい。