インド百景。

坂田マルハン美穂のインド生活通信

 
 

上の写真は、本日、慈善団体に寄付するために購入した品々の一部。明日訪れる団体へは、お金だけでなく、物も購入して渡すのだ。といった詳細も、また訪問のレポートに記そうと思う。

転んでも、ただでは起きない。

転禍為福。 禍(わざわい)転じて福と為(な)す。

どんな状況でも、無理矢理にでも、物事をいい方向に持って行きたいと願う、何かにつけて、やや強引な我の、座右の銘である。きっと明日は、いい一日になるに違いない。

いずれにしても、いつも、選ぶ道は一つ。進む道は一つ。選んだ道が、よかったのだと思う方が幸せなのだ。

Everything will be alright!

この写真は、昨日の庭。久しぶりに天竺アゲハが舞い飛んで来た。しかも二匹も。陽光が降り注ぐ緑の中を、ひらひらと、あちこちを乱舞する様子は本当に麗しく、庭がいっそう、極楽めいてくる。

昨日、今日と、ほとんど終日自宅で仕事をしていた。10日間ほどバンガロールに滞在していた義理の両親がデリーに戻ったこともあり、ようやく仕事に専念できたのだ。もちろん、合間合間を縫ってやるべきことはやってきたが、それでも家族での行動が多いから、時間が限られてしまう。

義父ロメイシュ、そしてその再婚者であるウマは、二人とも、今回の滞在をことのほか、楽しんでいた。ちなみにアルヴィンドの実母は、彼が大学生のときに、慢性白血病で他界している。

わたしとアルヴィンドが出会ったのは1996年7月7日。ロメイシュとウマが出会ったのは、同年の7月12日。そしてわたしたちも、彼らも、結婚したのは、それからちょうど5年後のことだった。

他界したロメイシュ側の祖母、ダディマは生前、しばしば言っていたものだ。

「マルハン家の男は、どうにも優柔不断だ。父と息子が揃って、結婚を決めるのに5年もかかるなんて!」と。

似た者親子なのである。

ところでロメイシュとウマにとって、今回の滞在のハイライトとなったのは、毎週金曜日に行っている「サロン・ド・ミューズ」への来訪だった。いつものように、20名を超えるメンバーが集い、チーム別に、歌ったり、作ったり、している。

言葉が通じなくても、音楽がとても心地よかったらしく、また慈善団体への訪問へ向けて、折り紙などの準備をするメンバーの様子を眺め、それもまたとても興味深かったらしい。

「日本の女性たちは、本当にやさしくて、エレガントだね」と、満面の笑みのロメイシュ・パパ。そもそも、ガールズ好きなのである。

「ここは、まるでミニ・ジャパンだね」とにこやかだ。

このごろは人数が多いこともあり、型を使わず、オーヴンいっぱいいっぱいの大きさに生地を広げてタルト生地を焼く。この日は、カスタードクリームを塗り、生クリームを重ね、ひたすらバナナのスライスを載せたタルトを出した。

今はマンゴーもイチゴもなく、見た目のかわいさに欠けるのが難だが、バナナとカスタードクリームはよく合うのだ。これでチョコレートソースなどがあればいいのだが、そこまでは準備しなかった。

ちなみに生地は前夜に作っておいたものを、サロンがオープンしたあとに焼く。すると、家中が焼き菓子の甘くて香ばしいいい香りに包まれて、幸せ〜な気分をみなでシェアできるのだ。

パパもウマも喜んで食べてくれた。

夕刻、夫は早めに帰宅。パパと二人でスーツに着替え、お出かけだ。目的地は社交クラブであるバンガロールクラブ。これまで夫は「家族会員」で、わたしもその伴侶ということで家族会員だったのだが、ついには本会員になれるということで、その最終面接に赴くのだ。

本会員になるには、10年待ち、20年待ちと言われている、それなりに由緒のあるクラブだが、わたしたちがインドへ移住する前にパパが手配をしてくれていたこともあり、諸々、速やかに手続きが進んだようである。それでも8年は過ぎているのだが。

このクラブの正会員になると、英国統治時代からあるインド各都市のソーシャルクラブやスポーツクラブに自由に出入りができるだけでなく、宿泊もできる。もっともこれまでも家族会員で利用していたが、より手続きが簡単になるようだ。更には、英米を中心とする海外にも関連クラブがあるため、そこの宿泊施設なども利用できる次第。

バンガロールクラブに関しては、実はあまりにも「英国統治時代の面影を残し過ぎ」ているがあまりに、いやな経験をしたことがあり、以来、いい印象は持っていないのだが、会員になれるのは有り難いことである。今日のところは、いやな経験については、触れまい。

関係ない話題だが、庭のポインセチア。去年の年末、赤く染まったそれらをたくさん購入していたのだが、3月ごろから全部、緑色の葉っぱになってしまっていた。それらは、庭の一隅に放置され、地味にたたずんでいたのだが、先週あたりから、徐々に葉が赤くなり、存在感をアピールし始めた。

寒暖の差がなく、年中さほど気温の変化がないにも関わらず、植物はきちんと季節の巡りを知っていて、こうしてい色づくということに、感じ入ってしまう。来月あたりはもっと赤く染まるのであろう。楽しみだ。

土曜日は、2週間ぶりにアーユルヴェーダのマッサージを受けに行った。本来は毎週土曜の恒例なのだが、先週は義理の両親が来たばかりで家のことをせねばならず、ゆっくりする気分にはならなかったのだ。ちなみに我が家のメイドは土日は休みなので、週末はフルに自分で家事をせねばならず、料理の準備をして、食べて、片付けて……を繰り返していたのだった。

さて、マッサージのあと、バンガロールのNGOが集結してのイヴェントがあるというので、立ち寄ることにした。本当は家に帰って少しゆっくりしたかったのだが、夫も支援している団体がブースを出しているというので、ちょっと顔を出すだけでも、と気軽に訪れたのだった。

と、ミューズ・クリエイションのメンバーと、9日水曜日に訪れる予定のドミニカン・シスターズのブースも出ている。わたしはすでに4回ほど訪れているので、スタッフとは顔なじみだ。近寄って、シスターたちに挨拶を交わす。

「水曜日、また日本人の女性たちと訪れますから、よろしくお願いします」

と声をかけたら、居合わせたシスターたちが訝しげに顔を見合わせる。聞けば、水曜日は子どもたちみんなでピクニックに出かけるらしい。

「新しく赴任されたシスター(責任者)と電話で話をして日程を調整したんですよ」

と問うも、その日は誰も、いないらしい。どうやら新任シスターは、かなりいい加減なお方らしい。我々の真剣度を理解していなかったご様子。その場にはいなかった彼女に電話で問い合わせたところ、あらまあ、と言う感じで、あまり悪びれた様子もない。

「じゃあ、みなさんもピクニックにいらっしゃる?」

たとえ相手がシスターであれ、かなりワナワナする我。丁重にお断りし、我々が訪問のためにいかに準備をしていたか、楽しみにしていたか、何かあったら電話をくださいと伝えていたのに、伝えてくれないのは困るとの旨をはっきりと伝えておいた。

訪問を4日後に控えて、振り出しに戻る。なんというか、久しぶりにインド的な展開だ。折しも現在はダセラと呼ばれる休暇中で、子どもたち関連の慈善団体は、おやすみのところが多い。とはいえ、今回は今までで最高人数の24名が訪問予定。

せっかく多くのメンバーの都合が合うこのタイミングを無駄にしたくはない。というわけで、自宅に戻ったあと、再度、慈善団体のファイルをゆっくりと整理しながら見直し、行き先を吟味しつつ、いくつかに問い合わせ、なんとか翌日日曜日に行き先を決定したのだった。この件については、また改めて記そう。

ともあれ、このとき、NGOのイヴェントに行かなかったら、水曜日にドミニカン・シスターズの前で、途方に暮れるところだった。実に危機一髪であった。まったく!

蛇足な話題だが、日曜のランチ。朝から鶏を一羽さばいて、骨に近い部分はスープに。身の部分はオリーヴオイルと塩こしょうでマリネして、ソテー。ジャガイモはエアフライヤーでヘルシーにフライドポテト。インゲンとベビーコーンは蒸す。

このスープは本当においしい。鶏肉の旨味が詰まっており、身体をヘルシーに温めてくれる。

日曜の夕刻は、義姉スジャータとその夫、ラグヴァンの暮らすIIS(インド科学大学院)のキャンパスへ。ラグヴァンの両親と弟一家も訪れての家族の集いであった。

右上のメダルは、お菓子ではない。本物の金メダルだ。ラグヴァンはIISの教授であるが、久しくエイズワクチンの研究を続けており、これまでもいくつかの高名な賞を受賞している。今回また、なんとかいう賞を受賞したとのことで、その記念メダルらしい。賞の創設者がコラーゲンの組成(?)を発見した人らしいので、その人にちなんで、メダルの左側にコラーゲンのなんたらが記されているのだが、さっぱりわからん。コラーゲンはお肌にいい。というくらいしか。

学者一家のお子様は、お行儀がよい。もちろん、それなりにやんちゃな側面もあるが、しっかりと落ち着いている。感心する。

マイハニーがいったい何をしたいのかは、もうここでは触れない。大きすぎる、子供である。個性豊か(変わり者)のラグヴァンに与えられるがままサングラスと帽子を身につけ、記念撮影をした次第。

この一族は、典型的なインドのファミリーとはかけ離れた、実にユニークな価値観が結集していて、本当に面白い。知的でグローバルで、異文化に対する理解がある。無理なく自然に、ある。

日本人であるところの嫁のわたしに、何一つ、深い干渉をしない。日本の家族のことをいつも気にかけてくれる。わたしの作るどんな料理をも、おいしいと喜んで食べてくれる。わたしの行う仕事や活動を、心から応援してくれる。

その一方で、みなそれぞれが、それぞれに、かなりピント外れで、我が道をゆく……。芯が強く、揺らがない人たち。この人たちと家族親戚になれて、わたしの人生は面白みが何倍にも増していると切に思う。

インドに住めているというだけで、すでに面白すぎる我が人生。

夫は相変わらず、「インドはいやだ」と言い続けてはいるけれど、それでも彼にとっての祖国。

この国に暮らし始めてからというもの、日本でも、米国でも、得られなかった「人間として」の経験を、考察の日々を、わたしは深く享受している。

それを思うと、日常の不都合など、些細なことなのだ。と思わなければならないのだ。そんな次第で、明日はまた早起きだ。そろそろ寝なければ。