インド百景。
インド百景。
坂田マルハン美穂のインド生活通信
約10日間のニューヨーク出張を経て、夫が戻って来た。インドに移住して以来、年に1、2回訪れているニューヨークに、彼が一人で赴くのは初めてのこと。しかも、極寒の1月。
今回は、ニューヨーク本社にて大切な会議とプレゼンテーションがあるため、急遽、渡米することになった。そんな「ピリッとした状況」にもかかわらず、いつものように、
「美穂も一緒に行こうよ」
と出張に誘う夫の有り様は、「一般的な」日本人ビジネスマンには想像し難いものであろう。
米国でもインドでも、伴侶が同行しての出張は珍しくない。もちろん、交通費などは自分で払うから、会社に負担をかけるようなことはない。これまでも、幾度となく夫の出張に同行して来たものだ。
そんな話を米国在住時、メールマガジンに記したところ、読者から、「日本で出張に同伴、というと“愛人”をイメージしますよね」とのコメントを受け取った。……確かに。
しかしながら、今回は、同行を辞退した。ニューヨークへは毎年恒例、5月ごろに訪れるし、なにしろ寒い。それにわたし自身の仕事やミューズ・クリエイションの活動などもある。
出発の前日まで体調を崩し、熱を出していた夫。寒いニューヨークで悪化させるのではないかと心配したが、結果的には、打ち合わせもプレゼンも非常にうまくいき、さらにはショッピングの一日も設けることができ、とてもいい滞在だったようだ。
上の写真は、去年の訪問時にも滞在したニューヨーク・パレスホテル。今回も同じホテル、セント・パトリックス・カテドラルを見下ろす部屋をとったのだと、チェックインの直後にメールと写真が届いた。
肌を突き刺すようなニューヨークの寒風が、瞬時に届くようである。
絶大なる協調が、人生を社会を変える。ある夫妻の話。
10-Feb-2013
インドではほとんど買い物をしない夫は、年に1度のニューヨークで衣類などを仕入れる。今回は、ちょうどセールの季節だったようで、行きつけの店でシャツや靴を調達してきた。
日本食料品店では、カリフォルニア産のコシヒカリ「田牧米」や、質のよい醤油などを買って来てもらった。
ところで上の写真。夫から届いた数少ない写真の大半は、日本料理であった。
8回の夕食のうち、4回は、日本食だったという。今回、彼のお気に入りとなった店は、「炙り屋 錦乃介(あぶりや きんのすけ)」という高級居酒屋。
わたしは訪れたことはないのだが、人気の店だということは知っていた。
この店には今回、2回訪れ、「ざる豆腐」や「黒豚の黒胡椒焼き」「銀ダラの西京焼」など、好物料理を堪能したらしい。
プレゼンのあとの打ち上げディナーでは、ニューヨーク在住インド人の同僚たちと、「酒蔵」へ赴き、酒や刺身を楽しんだとか。
「同僚が、初めて食べる豚の角煮に感動してさ〜。家族に食べさせたいってお持ち帰りしていたよ」
……と、うれしそうに報告する夫の日本料理店情報@ニューヨークはこのくらいにしておいて。
さて、ようやく本題である。
「ソウルメイト」という言葉がぴったりと当てはまる、スワティとラメーシュ。
バンガロール出身の二人。しかしコミュニティの違いなどから、結婚に際しては、双方の家族から大反対された。ラメーシュ曰く、
「マサラ映画の喜悲劇を全部、実現したようなドラマティックな経緯を経て結婚した」という。
結婚後、夫妻は渡米。米国でキャリアを築き、傍目には「成功した」暮らしをしていた。
ニューヨーク郊外、コネチカット州に暮らしていた彼らは、あるとき、米国と母国の決定的な違いを、市民らのヴォランティア精神に見つけ、価値観を揺るがされた。
「毎週日曜日、近所の公園の緑化活動があるというので、ちょっと様子を見に行ったんです。そこでは、ある男性が積極的に隣人を指示して作業をしていました。僕は彼のことを、ガーデニング関係の仕事をしている人なんだろうと思っていました。
と、翌日、ウォールストリートへ向かうメトロの中で、その彼を見つけたんです。彼はスーツを着てウォールストリートジャーナルを読んでいる。声をかけ、話をして、僕は衝撃を受けました。彼は週末のヴォランティアで、地域社会に貢献しているというのです。
わたしたちの生まれ育ったインドでは、社会貢献は政治任せ。そのくせ、政治への不満は多い。自分たちで動こうとする人はごく稀でした。だからこそ、米国人の精神に、強い感銘を受けたのです」
この経験が契機となって、夫婦は「社会へ貢献する人生」を模索し始めることになる。
その後、英国で数年間を過ごした彼らは、1998年に、祖国インドへ戻った。そして2001年、私費150万ドル(約1億4000万円)を投じてNGO、JANAAGRAHAを立ち上げた。
創設以来十年余り。彼らは、悪評高い政府と市民との間をつなぐべく、さまざまな活動を行って来た。現在は、106人のスタッフと、15000人のヴォランティアとによって、運営されている。
インドにおいて、政府との交渉ごとが、いかにたいへんなことか、想像に難くない。よくも途中で投げ出さず、続けられているものだと感嘆するが、それもこれも、「夫婦が互いにサポートし合っている」という点において、絶大なパワーがあるようだ。
夫の不在時に、在バンガロールの米国の大学卒業生からなるサークルが主催するイヴェントに、「夫の代理」で参加して来た。備忘録として、簡単に記録を残しておきたい。
会場は、昨年オープンしたばかりのブリュワリー。バンガロール市街中心部、HOME STOPというインテリアショップの北側向かいに位置するこの店。ビルディングの1フロアが丸ごと店舗になっている。
この講演の翌日の経済誌MINTの別冊(毎週土曜日に発行されるMINT LOUNGE)に、奇しくも彼らが紹介されていた。
今回は「2人の協調が偉大なる結果を生む」といったコンセプトで、デリー、ムンバイ、バンガロール、チェンナイなどに暮らす「社会的にインパクトのある仕事などを、二人が力を合わせることで成し遂げている」というカップルが、多数紹介されている。
講演の最中の、二人の絶妙な息の合い方には、感嘆させられていた。この特集に相応しすぎる二人である。
なお、彼らの多岐に亘る活動に関しての詳細はここでは記さないが、関心のある方は、ぜひ彼らのホームページ(文末参照)を訪れて欲しい。
ところで、彼らの活動でよく知られるところの一つに、I PAID A BRIBEというサイトがある。
賄賂王国のインドにあって、日常の小さなものから、大きなものまで、賄賂を払う羽目に陥った人々の、告白、告発の場である。
このサイトの出現により、賄賂に関する取り締まりが具体的に強化されたり、実際に賄賂を強要した役人が解雇されたりといった結果が多数報告されているという。
このサイトの存在については、以前わたしのブログでも簡単に触れている。
あいにく、この会合では、この店オリジナルのビール「以外」のアルコール飲料がサーヴされたため、どのような味わいのビールを楽しめるのか定かではない。
次回は夫と共に訪れてみようと思う。ちなみにこのブリュワリー、米国ミシガンが拠点だとのこと。
向かうところの壁がどんなに強大であっても、立ち向かおうとするその心意気。仲睦まじく見える二人だが、しかし壮絶に互いの意見を交わし合い、闘いながら、来ているに違いない。
たくましいな、と思う。
夫婦とは、結婚した以上、決して足を引っ張り合うのではなく、お互いが高め合ってこそだな、ということを、改めて実感した。
こうしてわたしが、新たなる人々との出会いを経験できるのはまた、我が夫のお陰でもある。
そもそもわたしがインドに住んでいることも、夫と出会ったがゆえ。彼と出会って、結婚して、どれほどわたしの人生が豊かになったか、計り知れない。
ということを、ときにはこうして「きちんと」思い出して、もっと寛大な妻である努力をせねばと思うのだ。
よその夫婦の有り様を見て、我が身を振り返る。ヴァレンタインデー間近のころである。
ハッピー・ヴァレンタイン!