坂田マルハン美穂のインド生活通信

 
 

今回の仕事は、バイクに乗る「モデル」の人選の依頼から始まっていた。条件は、「バンガロール在住、30〜40代のバイク乗りの男性。街の構造建築の仕事を起業して行っており、かつフォトジェニックな人。」

該当する人物を、年内に3〜5人、候補に挙げて欲しいというのである。いやいやいや、どうにも無理ですから! しかも年内って、週末込みであと3日しかありませんから!

アーユルヴェーダグラムで呑気にくつろいでいたときに、このメールを読んだわたしは、「ずいぶんと乱暴な依頼だな〜。ないわ〜」と思わず苦笑した。が、次の瞬間、ひらめいた。

いるじゃん! 5人は無理だが、1人ならいる!

ファミリーフレンドのニッキルだ。彼は義父ロメイシュが、数十年前にバンガロールに暮らしていたころからの親しい友人、アニタのひとり息子。

ニッキルはニューヨークで建築を学んだあと、ちょうどわたしたちがインドに移住したのと同じ時期、すなわち2005年ごろにバンガロールに戻って来て、こちらで仕事を開始していた。

我が家の内装工事や、庭の大改造の際には、わたしが作ったラフデザインを、設計図に起こす作業を依頼。実際の工事は、彼の使っている大工衆が手がけてくれた。

彼自身は、家具デザインの会社を持っており、また商業デザインの会社にも籍を置き、そこの社員らと共同での作業をも行っている。早速、そのニッキルに電話をして、確認をした。

「ノープロブレム、いつでも連絡してよ」と快諾してくれた。

彼の乗っているバイクは、実際、そのブランドのものではなく、『イージーライダー』なバイクなのだが、その点もまた、「ノープロブレム」だとのこと。

インドでは、家族や親戚はもちろん、一旦知り合いになると、親切に便宜を図ってくれる人が本当に多い。人との繋がり、コミュニケーションを重んじるのは、決して珍しいことではない。

「持ちつ持たれつ」が当たり前の世界なのだ。

「無理を頼んでは悪い」と過剰に気遣うのは、あるいは日本人的なのかもしれない。

ニッキルの情報を日本へ送り、その後、諸々のやりとりを経て、取材当日を迎えたのだった。

もう一つの懸念は、撮影用のバイクが、バンガロールのディーラーから、時間通りに配達されるかどうか、であった。

ニッキルが受け渡し可能なのは、取材前日午前中の9時前。これがインド的に30分、1時間遅れたのでは、撮影に支障が出る。

しかし、さすが日本メーカーのディーラーだ。ニッキルから8時45分に届いたとの連絡があり、一安心であった。

「インドじゃ、時間通りってことは、基本、有り得ないから」

などと言いきっていた自分を反省だ。撮影を前にして、数日前からディーラーの人たちと電話やメールでやりとりをしていたのだが、彼らが非常に丁寧に対応してくれたのもまた、印象的だった。

撮影日の出発は午前7時。渋滞を避けるために、早めの出発は不可避である。だからこそ、前日にバイクを確実に受け取っておく必要があった。

ニッキルは、月に2回ほど、週末になると友人らとツーリングに出かけるらしく、いくつか好みのルートがあるという。

今回はそのうちの一つ、 市街を脱し、市街北部に位置する空港を更に北上して、ハイダラバードへと連なるハイウェイを走ることにしていた。

ロケーション・ハンティングの際にも、この界隈を走り、撮影すべき風景や食堂などをチェックした。

さて、撮影当日の午前7時。集合場所のホテルでニッキルの到来を待っていると、一足先に、別のバイカーが到着した。ニッキルの親友のルーピンだ。

ルーピンは自身でコンサルティング会社などを経営しているビジネスマン。平日にも関わらず、ニッキルをサポートするために、善意で同行してくれるという。

なんというありがたさ!

自己紹介をしているうちにもニッキル登場。簡単にバイクの手入れなどをしたあと、いざ出発である。

ルーピンはニッキルのヘルメットの紐をしめるのを手伝い、レザージャケットの具合を整えたりと、まるでアシスタントのようである。さらには、

「僕が、君たちの車両の最後尾につけて、後方からの車両を制御するよ。何かあったら、合図を送って!」

ルーピン……。手際がよすぎる。

わたしはデリー出張から戻って直後、ニッキルは1月一杯に完了させるべき重要な仕事を抱えており、平日の2日間を拘束するのは、非常に困難な状態であった。

もちろん、出演料は支払われるが、だからといって、多忙な時期に、無理を言うのは、やはり心苦しい。

なんとか効率よく作業を進めるべく、まず初日は、わたしと米国人スタッフ2名で、ロケーション・ハンティング(ロケハン)を行うことにした。

インドが初めての彼らは、まず、市街における無法地帯と化した道路の様子に、度肝を抜かれている。ホーンのうるささに、興奮している。

助手席に座った、推定30代後半のディレクター女性は、ニューヨーカー特有の感情豊かな表現力と派手な発声で、珍しい光景を目にするたび、声を上げる。

即ち、四六時中、なにやら叫んでいる。その雰囲気が、ニューヨークを思い出させて懐かしい。

推定20代後半のカメラマンも、学生時代からニューヨークに住んでいたが、つい最近、故郷のアイダホに引っ越したばかりだという。飄々として感性豊かな雰囲気を漂わせ、撮影が本当に大好きなのだというオーラを発している。

さて、撮影は、ニッキルがバイクに乗っているシーンと、オフィスなどで仕事をしているところ、また自宅の様子などを押さえることになっている。

わたしの懸念は、当然、バイクに乗っているときの撮影だ。それでなくても、道路交通インフラストラクチャーが劣悪な上、渋滞著しく、危険きわまりない状態。そこで、バイクに乗った人を撮影することが、どれほど危険で難しいか。

そこで重視されるのが、ドライヴァーである。

我が家の7代目だか8代目だか9代目だか、最早なんだかわからないが、現ドライヴァーのアンソニーは、その点、安心できる。今回の仕事は、アンソニーがいなければ、多分引き受けていなかったかもしれない。それくらいに、他国では簡単に受けられる仕事が、この国では難しいのだ。

この交通事情下において、ホーンを鳴らすことなく、安全に運転を遂行できる。それだけで、神業、だと思う。もしもわたしがこの街で運転をしたら、交通ルールという概念を持たぬ有象無象の無法者らを威嚇すべく、パンパンとホーンを鳴らしてしまうに違いない。そして数時間もたたぬうちに、疲労困憊するに違いない。

さて、撮影のためには、外部の車をレンタルする手はずを整えていた。ちなみにインドの場合、ドライヴァー付きの車を借りるのが一般的。車だけを貸すところの方が少ない。

しかも、車だけを借りる方が割高な場合が多い。「車ごと盗難される可能性が高い」のも理由のひとつ。貸す方も、度胸がいるわけである。

インドとは、いちいちが、こういう国だから、他の先進諸国で軽々と速やかにできることが、逐一、面倒であり、手間なのである。

丘の上のピクニックエリアの一隅で、ニッキルの「語り」のシーンの撮影が行われた。

カメラのモニターを見せてもらったが、これがまたいいアングルである。プロだから当然だが、風景の切り取り方が、本当に巧みだ。

わたしの本業は編集者でもあるゆえ、駆け出しのころから今日に至るまで、スティル(静止画、即ち写真)撮影のカメラマンとは数えきれないほど仕事をしてきたが、映像カメラマンとの仕事はこれで数回目。

彼らの視点や作業の様子を眺めるだけでも、興味深く、勉強になることが少なくなかった。

さて、このあとはナンディ・ヒルを離れ、再び北上してロケハンで見つけていた食堂でランチのシーンを撮影。このとき、ルーピンにも友情出演で登場してもらった。

これまたルーピンは、演技も驚くほど自然である。緊張しがちなニッキルの気分をほぐしつつ、励ましつつ、本当に大活躍してくれたのだった。

さて、まだ午前7時過ぎとはいえ、すでに諸々の車両に満たされ始めている市街の道路を通過し、空港へ向かう道を北上する。

少しでも油断すると、ニッキルとわたしたちの車の間に、何台のもの車両がぐいぐいと割り込んで来るから、まず彼を見失わずについていくことにもアンソニーは注意を払わねばならない。たいへんなミッションである。

途中、ニッキルのジーンズの裾がはためくのが気になることから、車両を片側に止める。ただ、それだけのことでも、安全な場所に、きちんと停車することが簡単でないのがインドである。

ともあれ、停車するや否や、ルーピンがニッキルに駆け寄り、ズボンの裾をブーツの中に押し込めるなどの作業をしてくれる。気が利きすぎるアシスタント状態だ。微笑ましすぎる。

撮影スタッフを乗せた車は、ニッキルのバイクの、前に、後ろに、右に、左にと、ディレクターの指示に従いつつ、移動する。昨日とは打って変わって、彼女の的確な指示、センスのよさに感嘆だ。

「アンソニー、グッジョブ!!」

と、アンソニーにしきりに声をかけつつ、指示をする彼女。 その対応は、非常にアメリカン。ドライヴァーに対して、極めて対等である。それがまた、独特で面白い。

インドでは、ドライヴァーはじめ、使用人とはある程度の距離感を保っての付き合いである。

わたし自身は、信頼のおける彼らに対して、時折カジュアルに話をすることもあるが、「友達同士」のような振る舞いはしない。その善し悪しはさておいて、主従関係を保つのは、一般的なことなのだ。

空港を過ぎると、道路はたちまち車両が減り、ホーンを鳴らしながら煽って来る者もおらず、緊張感がほぐれる。空港から数キロ走ったところで、実際にニッキルがツーリングの際、立ち寄って朝食をとっているというダッバ、即ち食堂に立ち寄る。

が、ディレクターにとって、この店はあまりにも「地味」に映った模様で、前日のロケハンの際に、さらに北上した先の村で見つけた店で食事のシーンを撮ることに決めていた。

しかし、こういう店でいれたての「チャイ」を飲むのは、非常にインド的である。

というわけで、チャイ休憩の絵を撮ったのだが、果たして採用されるだろうか。

さて、チャイ休憩のあと、更に北上する予定だったのだが、ここでルーピンからの提案があった。

「週末は込み合うから行かないけれど、今日は平日だから、ナンディ・ヒルに行くのがいいと思いますよ。道中の光景は絵になるし、今日は天気もいいから、丘からの眺めもいいに違いないし」

週末は「芋の子を洗う」が如き混雑ぶりだと噂に聞いていたこともあり、わたしは、ナンディ・ヒルを訪れたことがなかった。

ルーピンの提案に誰も異存はなく、ハイウェイを逸れて西を目指す。

ハイウェイを逸れた途端、光景は牧歌的なものに変わった。並木道が続いたかと思ったら、ブドウ畑の光景が広がる。ナンディ・ヒル周辺はワイナリーがあることもあり、ブドウが栽培されているのだ。

思わず、「ここは、トスカーナ?!」と思ってしまうほどの、何とも麗しき光景!

米国人スタッフらも、

「このルート、最高! ルーピン、グッジョブ!!」と興奮している。

あまりの眺めの良さに、「ここはまた、平日に来なければ!」と思いつつのドライヴだ。さて、途中、車の後部のドアを開け、ドアが落ちてこないよう細工をして固定し、カメラマンが坂を上るニッキルを撮影する。この際にもまた、ルーピンが手際よく作業をしてくれる。

聞けばかつて、イヴェント会社で働いていたことがあったという。道理で、機転が利くと思ったが、それ以上に、彼の気配りに感嘆する。

そもそも、自分の仕事でもないのに、本当によくやってくれる。

うねうねと、山道をのぼりつつ、やがて見晴らしのよい丘の上、というよりは山頂に到達。

「ここは、デカン高原なのだな……」

という感慨が、しみじみと込み上げて来る光景だ。

山を下り、街へ戻り、その後、ニッキルのオフィスでの撮影をすませて、仕事は終了。

長い一日だった。

翌日もまた、ニッキルが自宅から出勤するシーンなどを撮影して、ようやくミッションは完了したのだった。

わずか3日間の仕事であったが、公にはできぬ裏話も満載の、非常にユニークな仕事であった。

それにしても今回は、インドの人々、特にニッキルのフレキシブルな対応と、友人ルーピンの何ともいえぬ温かな友情と的確なサポート、そしてドライヴァーのアンソニーのいい仕事っぷりによって成功した仕事であった。

コマーシャル・フィルムは近々、公開されるはずである。その暁にはまた、ここでご紹介したい。