インド百景。

坂田マルハン美穂のインド生活通信

 
 

というわけで、早速ラジオ体操を披露するメンバーたち。ではない。

これは、「見上げてごらん、夜の星を」を歌いつつ、振り付けをしているところである。キーボードの演奏に合わせ、メンバーの「美声」が響き渡り、自分で歌っておきながらも自分で感動する始末だ。建物がタイル張りゆえ「銭湯効果」で声がいい感じに響くのである。

チーム歌以外のメンバーにも参加してもらえるよう歌詞カードを配布したのだが、やはり「異郷の地で、異国の子どもたちの前で母国の歌を歌う」という状況に感無量となり、目頭が熱くなった方もいらしたようだ。子どもたちはさておき、自分たちで盛り上がれることが肝である。

さて、目の前に座すは、幼児からローティーンの子どもたち。ほとんどが女の子だ。未だに女児の誕生が歓迎されないコミュニティが多いインドにあって、男児に比べると不遇な女児の数が圧倒的に多い。最初は表情も硬く、わたしが挨拶をしても反応が薄かった。たいていどの施設でも、最初は、

「なに? この平たい顔族のおばちゃんたち……」

的な視線をぶつけられるものである。見慣れない東洋人の集団を見れば、そら驚くのも当然だ。そんなわけで、最初は歌を歌い、その後はいつものように、身体を動かして歌う英語の遊び歌を歌い、そのうちにも子どもたちの目は明るい光を帯び始める。

そのあとは、新聞紙での折り紙タイム。

前回の訪問時、小さな子供の人数が少なかったので、mint紙(以前も書いたが、この新聞の大きさ、紙質が折り紙にちょうどいいのだ)を正方形に切った物を40枚準備していた。

ところが子どもたちは、軽く50人はいたように思う。ともあれ、まずはこれで、いつものようにカブトを折る。メンバーたちが数名の子どもたちを集めて教えつつ、一緒に折る。

お話をお聞きしたあと、ミューズ・クリエイションから2万ルピーの寄付金、そしてメンバーから募った中古ながらもコンディションのよい子供服や玩具などを託した。

そして、そのあとは、子どもたちが一堂に会している広いホールへ。なお、この施設では子供のプライヴァシーの問題もあることから、彼らの表情を捉える写真を撮影していない。

ただ、雰囲気を感じ取っていただくために、顔がほとんどわからない写真だけを掲載している。

ローティーンの集団に引きずり込まれ、折り紙ではなく、質問攻めにされているメンバー。この女子たちの元気さはすさまじかった。

「あなたの名前は?」

「その指輪、どこで買ったの? ちょっと見せて!」

わたしたちが身につけているもの、なんだかんだと非常に興味深いようだ。

「あなたたち、将来は何になりたいの?」

と問えば、

「ドクター!」

「ITエンジニア!」

と具体的な職業が帰って来る。饒舌な子は、無口な子を指差して、

「あ、この子はまだ、決められてないんだ!」

と、友人の代弁をする。その彼女が、わたしに向かって尋ねた。

「あなたは、将来、何になるの?」

なんとなく勢いで尋ねたのであろう彼女の言葉に、わたしは、

「わたしは今、ライターをやっているのよ」とそのままに答えたが、しかし、帰宅し、夜になってこのときのことを思い返し、たとえ偶然発せられたにしても、このことばの重みに、心を射抜かれたのだった。このことについては、また時を改めて記そう。

最後に、シスターたちと記念撮影。とても有意義な時間を過ごさせてもらって、本当に感謝である。

今日、メンバーのみなさんが、子どもたちに取り囲まれ、それぞれに交流を図っている様子を眺めるのは、なんだかとても、幸せな光景だった。

そして、子どもたちとは、希望だ。とも、改めて思った。


さて、時計を見れば正午すぎ。体力を使っていい具合にお腹もすいている。というわけで、慈善団体訪問のあとのお楽しみは、ランチである。メンバー全員都合がつくというので、ここからほど近い韓国料理店へ集結することにした。

新しくできた、畳はないものの「座敷部屋」に通され、ずらりと11人並べば、まるで宴会である。

おまけに、「とりあえず」は、黄金色に輝く、よく冷えた飲み物などを注文したりして、「お疲れさま〜!」と昼間から乾杯などしたりして、やっぱり宴会である。

慈善団体訪問のあとに、不適切なランチではありませんこと?!

……との声が聞こえてきそうだが、いいのである。

慈善団体の訪問に、二の足を踏む人もいるし、不安を抱く人もいる。初めての訪問は、誰もが緊張するものだ。わたしだって、そうだった。

だから、そのあとのランチを「目標」に、取り敢えず参加してもらうのでも、わたしはいいと思っている。普段は、あまり交流する機会のない異なるメンバーと話ができるのも、いいものである。

一応は強引に「反省会」ということで、メンバーにも感想などを軽く述べてもらいつつ、みなさんそれぞれに、思うところはあったに違いないと確信する。

例のローティーンな女子たちからは、

「目が小さいね」「笑うと、目がなくなるね」

との指摘を受けたメンバーもいたという。確かにインド人の目は大きいですからね。わたしたちの目が小さく見えるのは仕方なかろう。わたしは夫と出会って以来、その言葉は聞き飽きるくらい聞いたから慣れてはいるが。「美穂の目は笑うとライン(線)」とか言われて来たし。

もっと厳しいところでは、生まれつき、歯の色が少しよくない(といっても、わたしたちの目には、言われなければ、気づかない)メンバーに対し、

「あなたは、どうして歯の色が悪いの? どこか悪いの?」

と、尋ねて来る女子もいたとか。これに関しては、彼らの身の上、他者の身体のことが気になるがゆえ、かもしれない。常に薬物治療を受け続けている彼らにとって、ちょっとした身体の不具合には敏感になっているのだろう。

なお、銀歯を指摘された人もいたようだ。銀歯。これに関しては、これまでも幾度となく記してきたので記さないが、日本人の銀歯は、相当なインパクトだ。わたしもそのほとんどを、米国、インドで取り替えて今日に至っている。

そんなわけで、皆で飲み、肉を食らい、しゃべり、笑い、楽しいひとときだ。途中で、バンガロール市街で爆発事件が起こったとのニュースが入り、ご主人からの、心配の電話を受けるメンバーもいた。マイハニーはハイダラバード出張中でニュースを知らなかったが、デリーの実家のロメイシュ・パパからも、「今、どこにいるの? 今日は街をウロウロしないように」と電話があった。

まさか昼間っから宴会で大騒ぎしているとも言えず、「慈善団体に行って来たところなのです」などと、楚々と答える嫁。

折しも、友人が、先日わたしがここに記したところの「日本人男性はメキシコの犬」という話を持ち出した流れで、嫁はついついロメイシュ・パパを引き合いに出し、「パパは背中もふさふさなんだけど、白髪だからシロクマみたいなんだよ〜。あ、プールで泳いでるときに見たんだけどね」などと、話題にしていたときだっただけに、何気に罪悪感である。

「テロよりも、最近故障が多い、アパートメントのエレベータの方が怖い」というメンバーもいる。ここでまた、エレベータにまつわる話で盛り上がる。

エレベータ。確かに怖い。閉じ込められる恐怖は、相当なものである。エレベータを巡っての経験。以下の記録は、インドに住む人にとって、いざというときのために読んでおいた方がいいと思われるので、リンクをはっておく。わたしがバンガロールとムンバイの二都市生活を送っていたときの経験だ。

■マキシマム・シティ、ボンベイにモンスーン来ぬ。(←Click!)

そんなわけで、終盤、蛇足的話題になってしまったが、ともあれ、いい一日であった。

施設のあるバンガロール市街北部、Hennur Road沿いの光景は、この2年余りの間に急変している。高層アパートメント・ビルディングが次々に立ち並び、交通量も格段に増えている。

そして朝から見かけるこのような光景。反対車線からこの方向に突っ込んでいるということは、スピードを出しすぎて急ブレーキをかけ、スピンしたのであろうか。ともあれ、交通ルールもマナーも果てしなく「ない」に等しいこの地にあっては、推して知るべしの結果である。

さて、久しぶりに再会するシスター・プラティバと挨拶を交わし、まずは新しくできた「資料館」に案内してもらう。ここには、マザー・ペトラの生い立ちにはじまり、今日に至るまでの関連施設の足跡を写真を通して見知ることができる。

なお、Deena Sevaの活動内容などについては、前回の訪問時の記録に詳細を記しているので、目を通していただければと思う。特に、本日訪れたメンバーにはぜひとも読んでいただきたい。

■DEENA SEVA CHARITABLE TRUST (←Click!)

小さな子どもたちは折り紙に夢中だが、12歳を過ぎた女の子たちはおしゃべりに夢中。わたしたちに声をかけては、

「ここに座って! 話をしましょう!」

とあれこれ、質問して来る。彼女たちの表情をカメラに収められないのが残念に思えるほど、元気で、明るくて、生意気な少女たちだ。ここの子どもたちは、常に治療を受けている身であり、身体の弱そうな子もいるにはいるのだが、しかし、ぐんぐんと生きようとする力がみなぎっているように感じられる。

子供に急かされながらも動じることなく、黙々と折り紙を折るメンバーがいれば、女子に質問攻めにされて泣きが入っているメンバーもいて、面白い(失礼!)

慈善団体の子どもたちは、わたしたちの訪問を予期してあらかじめ待機してくれているわけではない。もちろん事前に連絡はしているが、あくまでも子どもたちの日常のサイクルを乱さない程度に、お邪魔させてもらい、都合があえば一緒に遊ぶ、といった状況だ。

同じ施設でもそのときどきによって子どもたちの人数も異なれば、案内してもらう内容も異なる。従っては、メンバーには、「そのときどきで、臨機応変な対応をしてもらえれば」とお願いしている。

子どもたちと一緒に歌ったり、話をしたり、ひたすら折ったり、そんなことをするだけでも、徐々に、しかし確実に、打ち解け合えるところがすばらしい。

新聞紙だけで、長時間遊べることのすばらしさもまた。

とはいえ、今度は絵本の読み聞かせとか、紙芝居とか、そういうこともできればと思う。あれこれとやりたいことのイメージはあるのだが、なかなかその準備が優先順位の上位に来ていなかったのが実情だ。

子どもたちとの交流は意義深く、力をいれていきたい活動だと再認識する。

もっとも、今日のようにスペースがあり、1時間以上も、十分に遊べる余裕があったのは、幸運なことであった。

カブトでひとしきり遊んだあとは、それを分解して今度はツル。一人がツルを折ってもらうと、次の子も次々に、折って欲しいとせがむ。メンバー、汗だくである。

中には、自ら右上のようなクジャクや飛行機、カメラなどを器用に折り始める男の子がいて驚かされる。こういう施設にいくと、必ず一人、折り紙が得意な少年がいる。いったいどこで学ぶのか、不思議である。

数十分も遊んでいると、いつものように、子どもたち一人一人の個性が見えてきて面白い。いちいち構ってとばかりに絡んで来る子。一人で黙々と折る子。無口ながらも押しが強い子……。

キーボードに興味を示していた小さな男の子は、どのボタンを押せば音が出るかを瞬時に見て、自分でスイッチを入れて弾き始めた。今回、寄付の品の中に、小さめのキーボードを寄付してくれたメンバーがいたので、彼にはそれで遊んでもらいたいものである。

この少女は、新聞紙で「ジュエリー」を作ったらしい。ネックレス、バングル、そしてアンクレット……。 インドの女の子は、本当にジュエリーが大好きだ。

彼女が手に持っている布は、わたしが端切れで作ったハンカチ。これも、他のメンバーが作ってくれた物を含め、20枚程度しかなく、全員に行き渡らなかった。欲しがる子に、「今度作って持って来るから」と約束してしまったので作らねばならない。