インド百景。
インド百景。
坂田マルハン美穂のインド生活通信
ミューズ・クリエイションを結成して以来、昨日は6度目の慈善団体訪問であった。訪問先については、毎回、ミューズ・クリエイションのメンバーの意向も参考にしつつ、OWC(在バンガロールの外国人女性向けグループ)が支援する20を超える団体から、選んでいる。今回は、メンバーの一人から、盲学校に関心があるとのリクエストがあったので、資料をあたり、行き先を決めたのだった。
●フランシスコ修道女会の運営する盲学校へ。
訪問先であるJyothi Seva Societyは、フランシスコ修道女会の団体だ。母体となる団体は、1918年ポーランドで、盲目の修道女によって創設されたという。
話がそれるが、フランシスコ(フランチェスコ)会とは、13世紀のイタリアはアッシジにおいて、聖フランシスコによって始められたカトリック教会修道会だ。
実は、わたしにとって、アッシジは、忘れられない土地の一つである。
あれは1994年3月、28歳のときのこと。そのちょうど一年前に、フリーランスのライター&編集者として独立したわたしは、「一年のうち9カ月は休みなく働き、3カ月はまとめて休む」という目標を掲げていた。
それを実行すべく一年後、3カ月間、欧州を列車で放浪した際に訪れた土地のひとつに、アッシジがあった。ウンブリアの大地を見晴るかす小さな城塞の町。その石畳の町には、聖なる空気が満ちあふれており、たちまち心を奪われた。
滞在したのは、聖フランシスコ修道女会のホステルだった。簡素ながらも快適な宿。 朝の礼拝に出席し、束の間、修道女のような心持ちで過ごさせてもらったものだ。下の写真は、当時撮影したポジティヴフィルムをスキャンしたもの。懐かしき、忘れ得ぬ宿。
目が見えない子どもたちと、触れ合ったひととき。
23-Jan-2014
メンバーからの感想を読みながら、わずか1時間の情景がまた、鮮明に蘇り、やっぱり多くの人たちと訪れ、出来事をシェアするこは、意義深いうことを実感する。
ちなみに1時間は瞬く間に過ぎて、むしろ、まだもう少し遊んでいたいくらいだった。とはいえ、学校にはその後の授業もあるから、いつまでも遊んではいられない。
シスターたちも、非常に喜んでくれて、「またぜひ遊びにきてください」と言ってもらえた。この団体は町中からも近いし、小人数でも訪れやすい。折り紙のコマの作り方を知りたいというシスターもいたとのことなので、折をみて訪れる機会を作ることができればと思う。
わたし自身は、1つの団体に複数回、訪れているが、メンバーの人たちにも、今後継続して訪れる場所を見つけてもらえれば、それに越したことはない。
ともあれ、今回もまた、意義深い訪問であった。
■The Jyothi Seva Society (←Click!)
【蛇足ながら、個人的に思うこと】
このごろのわたしは、注意力が散漫だ。多分、わたしに限らず、多くの人が感じていることかもしれないが。なにしろデスクワークの際、コンピュータを立ち上げ、ネットに接続した瞬間から、情報が多い。仕事をする=コンピュータに向かうという状況の際には、なおのことだ。たいして重要ではない情報にさえ気を取られることが、一日のうちに何度もある。
文章を書くにせよ、新しいことを学ぶにせよ、ついつい集中力を欠く昨今。加えて、特にこの国に住んでいると、知りたいこと、知ったこと、伝えたいこと、伝えるべきこと、さまざまな情報が渦巻いて渦巻いて、消化不良に陥りがちでもある。
そんな中、インド生活も9年目に突入し、たとえば「書く」という行動一つをとっても、「いったい、誰に向かって」「何のために」「何を伝えたいのか」という極めて根源的なことに、向かい合わねばならない必要性を、このところ実感していた。いろんな意味で、フォーカス:焦点を絞り込む必要性。
何冊もの、読みかけの本。
ファイルにたまった書きかけのドキュメント。
□がチェックされないまま、過去に葬られるTo Do Listの項目……。
その、不完全なものの多さに辟易し、だから今年の目標は、欲張りすぎずを念頭に置くことにした。
今回、目が見えない子どもたちの、その様子を見て改めて思った。わたしは、目が見えているけれど、見えるに任せて、ただ見ているだけで、その大半を消化しきれていないということを。
毎朝のヨガのあとの呼吸法のときに、目を閉じる。
目を閉じて、頭の中を空白にして、ゆっくりと呼吸をし、リラックスすることが大切だと言われている。
目が見えない子どもたちの、見えないがゆえの、視覚以外の感性の鋭さ、豊かさの断片に触れ合いを通して、ただ、吸収し続けるばかりではない、自分の中にある潜在的な力を、研ぎすましたり、磨いたり、目覚めさせたりすることの大切さをにも、思い当たった。
感性は、努力して磨かねばならない。
今回は、極めて個人的に思うところの多い訪問でもあった。
今回も、前回に引き続き、参加したメンバーからのコメントを募った。わたし一人のレポートでは決して伝えられない臨場感があり、さまざまな視点、考え方を交換し合うことができる。ぜひ、目を通していただければと思う。また後日、届いたコメントをアップロードするので、数日後にも、読んでいただければと思う。
【感想01】
結局、手作りおもちゃはアイデアが浮かばなくて用意ができませんでしたが、美穂さんが用意してくださったおもちゃは、子供たちにとても喜ばれていました。
慈善団体訪問の経験が浅い私にとっては、”見上げてごらん夜の星を” を歌っていた時点から既に目頭が熱くなり、ウルウルしてしまい、ろくに歌えない状態でした。目が見えない、、、しかもインドという国で暮らしていかねばならないのに、、、でも、目の前にいる子供たちは、きちんと制服を着て、おさげを結ってもらい、きれいな教室で勉強をすることができ、優しいシスターから英語や歌を学ぶことができる、そう思うと、幸せな子供たちなのですね。
学校に行けない子供がたくさん、たくさんいる国なのですから。
寄付金を児童施設に託すことは、私にとってMuseの活動のやりがいにつながっています。微力ながらも、私たちの活動が、寄付金が、子供たちの夢と希望につながるかもしれない、と思いつつ、そう単純なことではないことも重々承知なのですが、そう思えることが私たちにとっても大事なことではないかと思うのです。
【感想02】
いろいろな団体を訪問するたびに思いますが、子どもたちのお行儀がいいことにいつも驚かされます。そして多くの子どもたちが元気よく、人懐こいこと! 今日は特に目の見えない子どもたちの施設だっただけに、顔を合わせる前は「どうやって遊ぼうか」が気がかりでしたが、歌の力ってすごいですね。
歌自体は目には見えないけれど、同じように目には見えない心を動かすものだと最近痛感しています。一緒に歌ったことで一気に親近感が生まれた気がしました。
歌が終わってから手を握ってくる子どもたち。いつの間にか積み木で一緒に
遊んでいました。うまくできたときの彼らの誇らしげな顔!!! 「その笑顔に会いたくて、来たんだよ」と告げたいくらいでした。
どのような形であれ、施設や学校に通える子どもたちは幸せなのだと思います。特に今日の施設では、将来自立していけるような教育もされているとのこと。前途多難だとは思いますが、自分が生きる道を切り開いていってほしいと願うばかりです。
ps:バザーの売り上げがこのような形で実を結ぶのはとても嬉しいですね。2、3か月に一度くらい施設を訪れることが、作品作りのモチベーションになると改めて感じました。
【感想03】
今回初参加で少し緊張していましたが、施設が清潔に保たれててまずは安心しました。子供達が待ってる場所へと移動し、礼儀正しい姿を見た時、なぜだか涙が出そうになってしまいました。
美穂さんのあいさつで子供達の緊張を解きほぐし、歌を歌っている時の子供達の表情はとても明るく、皆さんが言われていたように、歌って本当に心を繋ぐんだなぁ~って改めて感じました。
遊びの時間では、かぶと作りをしました。どんな風に教えたら良いのか全く解らなかったけど、手を取り合い優しい気持ちで接してあげれば、子供達は素直に受け入れてくれるんだと実感できました。
先生方でも折り紙(独楽)に興味を持たれた方が数名いらっしゃいました。
今後、子供達に教えて頂けると嬉しいと思い折り方のレクチャーをしましたが、時間内では終わる事ができなかったこと、折り紙を持参していなかったことがとても残念でした。次回訪問の際は、持参した作品の制作方法を簡単に記した物を一緒に持参してあげると良いと思いました。
今回の訪問が、子供達にとって有意義で楽しい時間であったと感じてくれることを心から願います。訪問に参加させて頂きありがとうございました。
【感想04】
今日の慈善団体訪問では、歌の後、三角・丸・正方形・長方形の型にはめるおもちゃで女の子と遊んだあと、積木をしていた男の子に折り紙を一緒に作りたいと、言われてそっちのほうに移動した後、折り紙で遊びました。
紙鉄砲がしたかったみたいでしたが、始め作り方がわからなかったので、兜を作ってかぶせたら、小っちゃかったので、「これ小さすぎるね!」って、笑ってました。
そのあと、紙鉄砲の作り方を教わって一緒に遊んでましたが、すぐに新聞紙がぼろぼろになってしまい、音がでなくなってしいましたが、それも「不発だね!」って、笑ってました。紙風船を作って、投げ合ったりして遊んでたら、時間が来ました。
障害を持ってる人に障害者意識をもってあまり接したくなかったので、必要以上には手を差し伸べないように心掛けようと思っていましたが、そんなことを気にしなくてもいいくらい、元気で明るくなんでも自分でしようとしていたので、感動しました。
【感想05】
今回、盲目の子供たちということで、施設を訪れる前には、私たちがどんなふうに関われるのかまったくイメージできませんでした。しかし会場に着いた時、70名もの子供たちがいるとは思えないほど静かに、きちんと全員いすに座り、私たちを歓迎してくれたことに驚きました。そして、校舎もホールも子供たちも皆清潔で、落ち着いた雰囲気でした。
私たちはまず準備してきた歌を歌いましたが、子供たちの方がよく知っている歌だったようで、大きな声で上手に歌ってくれて嬉しかったです。
その後、私は10歳前後の数人の男の子と一緒に、新聞で「鉄砲」を作って鳴らして遊びました。鳴らし方に少々コツがいるのと、一度鳴らしてしまうと形を整えないと続けて鳴らせないので、そのあたりを説明するのが難しく、もどかしい思いをしました。
しかし、今まで行った施設では、こちらが提案した遊びを無視して、それを壊したり違う方法で自分なりに遊ぶ子供がかなりいましたが、今回は、鉄砲をどうやって鳴らそうか、どうやって作ろうかと最後までずっと考える子ばかりで、とても感心しました。見えないから時間がかかるということではなく、根気があるように感じました。
私たちのために歌ってくれた2曲の歌も、いつも練習していることが分かるしっかりとした歌い方で、素晴らしかったです。
ハンデを背負って生きていく子供たちの未来は、明るくないかもしれません。しかし少なくとも今は、落ち着いた先生方にきちんと教育され、純粋で良い子に育っている。どうか少しでも多くの幸せが彼らに訪れますようにと、願わずにいられません。
【感想06】
日本に居た時も、目の不自由な方と接することがなかなか無く、どのように接すれば良いのか不安でしたが、普通に生活する子供達を見てとても驚きました。体を使って歌を歌った場面では、とっても元気の良い彼らに私たちが遊んでもらっている感覚になりました。
遊びの時間では、聴覚を刺激するクラフトを使った遊びが大人気で、好奇心旺盛な子供達からすごい勢いで「ねえ、どうやって作るの?」と何度も何度も聞かれました。折り紙の折り方を一から言葉だけで説明するのは日本語でさえ難しいのに、英語で説明するということはとても難しく感じましたが、手を取り、一緒に折ってあげて、出来上がると、とても嬉しそうな笑顔を向けてくれたことが嬉しかったです。
言葉も視覚も関係なく、心で通じ合えるものなんだな、ということを改めて思った、とても貴重な一日になりました。
【感想07】
今回は目の見えない子供の学校ということで、どういう遊びを一緒に出来るのか、どんな風に話しかけたらいいのか? 全く想像出来ないまま、現地に到着しました。
シスター達の指導で行儀良く椅子に座った子供たち。お互いに歌を披露し合って空気が和むと、さてそれぞれ少人数にわかれ、おもちゃ・折り紙・本の読み聞かせなど、各自の出来そうなことをやりましょうということで、何をしようか。。。と思い、小学校高学年くらいの女の子数人に「本を読もうか?」と聞くと「読んで」と言ってくれたので白雪姫と裸の王様を読みました。とても熱心に話しに聞き入ってくれました。
そのあと、「遊びたい」と言うのでアルファベットの形の木製ブロックで遊ぶグループに合流。みんなブロックの形を手で確かめて、ちゃんと「コレはM!」と、あてられるのですね。英語も上手だし、驚きました。勉強は「算数が好き!」という子も居ました。スペリングのゲームをしたり、少しカンナダ語で話したりすると笑顔で打ち解けてくれて、とても楽しいひと時になりました。
お友達といつも手をつないでとっても仲良しなので「良いお友達がたくさんいるね」と言うと「そう!すごくいい友達!」と言って、元気な笑顔を見せてくれました。これまでいくつか訪ねた施設でも、いつも子供同士の絆が印象に残りました。両親が居ない子や、離れて暮らさなければいけない子供達にとって、友達が、家族でもあるんですね。
目が見えないと言ってもやはり元気なインドの子供であり、これまで感じていたような目の不自由な人への「ハードルの高さ」というものも消えました。やはりインドっ子のポジティブなパワーに驚かされ、元気をもらい、また何か将来のためになるようなサポートが出来ないか? と考えるきっかけをもらえたように思います。
こちらのほうが遊んでもらい、貴重な機会をもらって、大変ありがたいことでした。また訪問できたらと思います。訪問してどんなことをしたらいいか、考えたいと思います。
【感想08】
私にとっては、今回が初めての慈善団体訪問でした。目の不自由なお子さん達との交流ということで、どんなことに注意したら良いのだろうなどとあれこれ考えていましたが、取りあえず、今自分に出来ることをやろうと思い出掛けました。
子供達は、ホールに集まってくれていて、美穂さんが「日本をしってますか?」と聞くと、元気よく「知ってる!」と返事が返ってきて、ちょっと勇気付けられた感じでした。その後、私が今日出来ることの一つである「見上げてごらん・・」を歌い、後は自然に入っていけた気がします。子供達も一緒に歌ってくれたのですが、正直、負けちゃったかなという感じでした。(笑)
遊びの時間には、3~4人の子供達と、色んな形のパーツを同じ形の穴から中に入れていく球体の玩具で遊びました。全部入れ終わった後、「ボールを開けてみて」というと、中からパーツがガチャガチャとこぼれ出て、その感じをとても面白がっていました。子供達には、一つの玩具でも遊び方は無限大なのだと感じる場面でした。
とにかく子供達に遊んでもらったという感じで本当に楽しいひと時でした。
ミューズクリエイションの活動に参加させていただいて、約半年。自分達の活動がこのようなかたちで繋がっていくのだなあと実感出来た一日でした。
【感想09】
今回は前回とは違った意味のハードルの高さを感じながら訪れました。が、お行儀良く元気な子供達の歌声を聞いているうちにそんな事もすっかり忘れて
こちらの方が楽しませてもらった気がします。
目の不自由な子供と一緒に過ごしたのは初めての経験でしたが、感心させられる事ばかりでみんなのエネルギーを肌で感じた1時間でした。彼らにとって手や耳が目の代わりをしているわけで、私たち以上に神経を研ぎ澄まし鋭い感の良さで新聞紙の兜やパン!と音の出る紙鉄砲? をすぐさま覚えていった7才位の男の子には本当に驚かされました。
純粋に遊んで楽しい、楽しいから自分で作りたい…もっと教えて! という子供達の未来は思っていたより明るいものなのかもしれませんね。これから先も色々なものに興味を持って、彼らのできる事を沢山見つけて欲しいと思いました。
【感想10】
眼が不自由な子どもということで、最初はどうコミュニケーションをとったらいいのか分からなかったのですが、積み木を10~12才位?の女の子に持って行ったところ、つなげて何かを作り始めて遊んでくれました。
その子より小さな男の子(8~9才?)は、(多分弱視と思われますが)顔の近くに色のついたブロックを持っていき熱心に見ているようでした。あと、各パーツをはめ込んでアヒル型にする木製のおもちゃはやはり小さな子には難しいようで、小さい女の子がしばらくがんばってましたが結局ピースをはめ込む事が出来ず、その後飽きてしまったようでした。
【感想11】
初訪問でしたが、慣れているメンバーの方がリードして下さりあっと言う間に時が過ぎました。子供達とふれ合った事で、私が何かをしてあげたという感覚ではなく、逆に子供達が私に何かを与えてくれた様に感じました。それはポジティブな気持ちであったり感謝する気持ちであったリ。とても充実した1時間で、疲れるどころかパワーを頂きました。私がこう感じれたのも美穂さんを始め、ミューズのメンバーが一緒だったからだと思います。ミューズとの出会いに感謝し、またチャンスがあれば参加したいと思いました。
【感想12】
今回の慈善団体訪問では、目の見えない方たちに何をしてあげられるのか?自分の中でこれだ!という答えがないまま現地に向かいました。到着して、学校の先生、生徒さんが揃っているホールに入り、きちんと着席して私たちを出迎えてくださったその姿を見て、「何かをしてあげよう」と考えていた自分をなんだか恥ずかしく感じました。
美穂さんの話しかけにも、大きな声で揃った返事が返ってくる。今の日本の子供たちがここまでできるだろうか?と思いました。一緒に歌おうと言うと、恥ずかしがる事なく大きな声で歌い、後半はこちらが引っ張られているような状態で、その純粋な姿に感動もしました。
そんなみなさんの様子に勇気をもらい、私は「英語が得意ではないし。。」と怖気づいていた英語の本の読み聞かせにチャレンジしよう!と思いました。小学校低学年ぐらいの子供たち5人程を相手に、必死に大きな声で読みました。ところどころシスターが解説を入れてくださいました。拙い英語で、発音もいくつか間違っていたと思います。それでも「Thank you, auntie!」と言ってもらえて嬉しかったです。
その後、新聞紙の兜や紙鉄砲を作ってあげました。紙鉄砲はとても喜んでもらえました。最後に、38歳のモニカさんという盲目の女性が折り紙を教えて欲しいというので、兜と紙鉄砲を一緒に折りました。目の見えない方にどうやって伝えて良いか、折りながら考え、自分が視覚で注意しているポイントを彼女の手を持って誘導して触ってもらい、一生懸命伝えました。1度できあがると、「もう1度」と言って自分1人で再チャレンジする彼女を素晴らしいと思いました。彼女が1人で完璧に折れるようになるまで一緒に頑張りたかったです。また今回、折り紙に必要な英単語が分からなかったので、今後勉強しようと思います。今回も大変貴重な体験をさせていただき、本当にありがとうございました。
【感想13】
子どもたちが遊ぶ、歌うにしてもすごく熱心で、その姿にとても感銘を受けました。目が見えないだけに、よく聞くことができる子たちで、それと英語を話せる子たちでしたので、意志疎通が容易にできたのがよかったのではないでしょうか。
私は、新聞紙を使って子供たちと遊んでいました。目が不自由な分、手で触ってもらっていろいろ確認させるために、1人につきっきりになると、他の子が何もできない状態で、4,5人を相手にしていたので、あまり興味のない子や興味があってもつきっきりになれなかった子には残念なことをしてしまったな~と反省しました。紙を使ったものには、少し対応人数を増やしてあげることも必要だったかなと。そんなこんなでしたが、彼らとふれあい、私はすごく心があたたかくなりました。
【感想14】
目に見えない子供たちの施設という事で、歌を披露して、一緒に遊ぶ?? どうやってっと、かなりハードルが高めと、訪問前は思ってました。実際に歌の披露では子供たちの方が完璧に{しあわせなら手を叩こう}を歌ってくれました。一緒におもちゃで遊ぶときに、どうやって?? っと、少し戸惑いましたが、一緒に音のなるおもちゃや木のパズルなどで、遊びましたが思っていたよりずーっと楽しく遊ぶことが出来ました。
今まで行った施設の子供たちより、少し年齢が大きかったせいもあるかもしれませんが、目が見えない分、言葉を使って説明したり、聞こうとしてくれて、簡単な英語もわかってくれたので、遊びの時間があっという間に終わってしまいました。とても、いい時間を過ごすことが出来ました。
【感想15】
学校は市内中心部から数キロ圏内で、バス停からも近い便利な場所にあった。校舎が清潔に管理され、明るいのが印象的だ。螺旋状の階段を4階ほど上ったところにオーディトリアムがあり、子どもたちが整然と並んだ椅子にお行儀よく座っていた。美穂さんの「私達はこんな人たちですよ」という紹介がとても上手で、子ども達は笑ったり返事をしたり、子どもたちの反応も素晴らしい。少々おとなしすぎるのではないかと懸念したが、歌を一緒に歌い始めると活き活きしている。歌唱力も素晴らしい。
みんなで遊びましょう!の掛け声でメンバーが散り散りになり、子どもと大人が輪になっておもちゃや折り紙で遊び始める。新聞紙の折り紙は大好評で、特に紙鉄砲が受けていた。何と素晴らしいアイデアだろう!さすがミューズクリエーション。作品を壊すことに意義を感じる子もいるがそれはそれで有りだ。20代のシスター・マリーマグドガルは「かぶと」と「紙鉄砲」の折り方をすごい集中力であっと言う間に覚え、嬉しそうに子どもたちに作ってあげていた。シスターの笑顔と積極性が私達にも子どもたちにも良い波動を与えている。ポジティブな姿勢の影響力はすごい。
新聞紙を引き裂いては「アンティ!はい!」と渡してくれたラヴィ君、およそ6歳。立ち上がると「アンティ、座って!はい!」とまた渡してくれる。そんな感じの光景が、部屋のあちこちで繰り広げられており、「私ずっとステージにいたいのよ」とメンバーを独り占めして動かない少女も。メンバーが23人いてよかったなと思う。例えば訪れた人数が5人だったら、皆まんべんなく多くの人数に声をかけることに集中し、腰を据えて対応しきれなかっただろう。
二人の小学生の少女に「あなたの名前を教えて!歌がとっても上手で驚いちゃった、これからもどんどん歌い続けてね」と言ったところ、サンキューアンティ!と誇らしそうな笑顔が返ってきた。素敵な贈り物をもらったような、すがすがしい気分で会場を後にした。
【感想16】
初めて参加させて頂きました。思っていた以上に 子供たちの行儀の良さと環境の良さに 驚きました。
自分にどれだけのお手伝いが出来るのだろうか?と不安でしたが、積み木やブロックで遊びながら反対に子供たちから なんでもやってみる!触れてみる!ポジティブ精神と元気を頂きました。
この子供たちに明るい未来が訪れますように・・・このような機会に恵まれたのもミューズのメンバーであったからこそ・・・感謝しております。 本当に0と1は全然違いますね。
【感想17】
今回は目の見えないこどもたちの施設ということで、やはり初めての経験でしたので、どのような感じになるのか想像できませんでした。でも、どのこどもたちも何ら普通のこどもと変わりなく、元気で明るく楽しい時間が過ごせました。とっても歌が上手でしたね。ミューズはこどもたちの歌に負けていたかも。。。
わたしはギターのおもちゃを持っていたのですが、音が出るものには予想通り良い反応でした。ギターから出る音が小さかったのですが、みんなスピーカーに耳を近づけて一生懸命聞いていました。意外だったのが、折り紙に興味がある子が多かったことです。先生もですが。
紙鉄砲やコマをどうやって作るのか聞いてくる子が多かったので、教えられたら良かったなと感じました。コマは作るのが難しいかもしれませんが、簡単なものでも教えられれば良いかもしれないですね。紙鉄砲は、音がうまく鳴るとこどもたちがとても喜んで盛り上がっていました。
こどもたちが色々質問責めで、好奇心旺盛なのと、とってもお行儀が良いのが印象的でした。こどもたちから元気をもらえました。
【感想18】
今回初めてボランティア活動に参加させてもらいました。自身で参加を決めたにも関わらず、<ボランティアの経験も無く、英語も話せない自分に何ができるだろう>漠然とした不安がありました。
前日もあまり眠れず、当日も1時間前に到着してしまい、一人でソワソワしていたところに、シスターがやってきて気さくに声をかけてくださいました。
ボランティアで来たことを伝えると事務所で待っていたら?と案内してくださり、お言葉に甘えて事務所でミューズの皆さんを待つことに。その間もシスターが話し相手になってくださり、私のこと(主に日本のこと)やご自身のことについて30分ほど話しをしました。私のたどたどしい英語にも笑顔で話を聞いてくださり、優しい声で言葉を返してくれる。そのやりとりが非常に心地よく、包み込まれるような温かさがありました。
しばらくするとミューズの皆さんがいらっしゃったようなので、事務所を出て外へ行くことに。その際にお礼を言うとまた温かな笑顔で返してくださいました。
ミューズメンバーがそろい、中へ入るとまず印象に残ったのが非常にきれいな校内。ゴミひとつ無く、余計なものも無い。匂いも無く、清潔そのもの。また今回の交流場でもある講堂(?)にはきちんと椅子が並べられており、そこに静かに座っている子供たち。美穂さんが話を始めてからも、私たちが歌を歌っている間もしっかり前を見ている子供たち。日本の子供たちよりも落ち着きがあるように見えました。(失礼ですが・・・)
遊びはじめてからは子供らしい賑わいとなり、私の緊張もほぐれました。
積み木や折り紙のコマ、新聞紙のカブトや紙鉄砲すべて大人気! カブトと紙鉄砲は折り方を教えてほしいと言われ、手をとり教えてあげると飲み込みが早く、折り方・遊び方をすぐにマスターしていました。(個人的には折り方の練習と英語での説明を事前準備として取り入れておけばよかったと後悔してます。折り方を知らなかったり、忘れてしまったりでバタバタしてしまい、子供たちにうまく説明ができませんでした。)
またアルファベット型の積み木は触っただけで「Z! O!」と正確に言い当てており、これには驚きました。目が見えない苦労や不都合なんて感じさせない子供たち。目の前だけをまっすぐ見て生きているな、と感じました。またこの子供たちの強さ・素直さは、あの優しいシスター達の教育あってこそ。それも同時に感じました。
今まで見えていなかったことを、目で心で見せてもらった1時間でした。
訪問させて頂き、感謝しています。
【感想19】
私は申し訳ないことに15分遅れて施設に到着したのですが、入り口に着いた時点で、上の集会室から子供達の歌が聞こえており、その美しさに驚きました。急いで集会室にたどり着き目の前で聴くと、更にすごい…。思わぬ素晴らしいプレゼントをいただいた気分でした。
続く遊びの時間。私は振ったり叩いたりする楽器系玩具と、野菜を切る遊びのできるままごと玩具を持参し、野菜切りの方が特に大人気でした。みんな初めて使ったそうなのですが、指先で切る場所を見つけて包丁を入れる、その速度や正確さ、集中力の高さや持続力に驚きました。
帰りに階下に降りる時に、3人の子供を少しずつ抱っこしました。全体的に物怖じしない子が多いように思われ、大事にされているんだろうな、と感じました。
【感想20】
まず、皆様同じ気持ちだったかと思いますが歌は聞いて頂けるにしても折り紙やおもちゃ遊びを子供達に言葉での説明で理解して貰えるのか、また押し付けがましくならずに受け入れて貰えるのかが今回不安でした。
いざホールに入り、みほさんの言葉に耳を傾ける生徒さん達は問いかけにも素直に答え、想像以上に明るく元気で驚きました。
私たちの歌も生徒さんに誘導される形となり、その後の彼らの歌も力強くパワーを感じました。正直、私はこの時うるっときてしまたったのですが障害がある事を感じさせない力強さに加え、彼らの背負っている事に比べて自分が日々口にしてしまう不平不満がなんてちっぽけなことなんだと感じました。
その後始めにブロック遊びをしました。パズルを組み立てる前に、そのブロックの形や大きさを確かめるように入念に触っていました。一生懸命手を取って教えていましたが小さい子を相手にしていたのでパズルを型にはめるという事までは少し難しかったみたいです。
次にボールに何種類かの形のピースを合わせて入れるオモチャに夢中になっている男のコと遊びました。あのおもちゃは本当に彼らにとって楽しいらしく、男子2人と女子1人が騒ぎながら取り合いをしながら遊んでいました。星型のピースを片手にスター、スター、と言いながらボール側のスターの形を探し当てていたのが印象的でした。
最後に難関の折り紙です。また別の女の子と男の子がクラッカーを教えて欲しいと言うのですが、言葉で伝えるのはやはりとても難しかったです。
三角に折ります。と伝えても、三角のはじが絶対に揃わない…手を取って教えてもやはりずれてしまう。そしていっぺんに2人相手にすることは厳しかったです。
なんとか作り上げて音を鳴らすと次は元に戻すことができない。これも教えてもやはりぐちゃっとなってしまうのでそうなると音が鳴らない…(*_*)アンティ直して!と左右から言われもはや後半はクラッカーを直すだけの係でした。
一つ気になったのが音がなるので皆喜んで楽しく遊んでいるのですが、鳴らす時に前にいる人が見えていないので別の子の顔に当たったりするのを見かけました。その点こちらが気をつけていないと怪我をさせてしまうこともあるかなと感じました。
前回の別の訪問の時も感じましたが子供達は本当に真っ直ぐで明るく、辛さや暗闇を感じさせません。
帰り際も手を握ってサンキューアンティと笑顔で言ってくれた女の子がいてまたうるっときてしまいました。
実際彼らに何か特別な事ができたかわからないですが、彼らがあの僅かな時間を楽しんで日本の文化にも少し触れ、あんな事もあったなと先に思い出してくれたらそれだけで嬉しいです。
別件ですが、主人の会社の入っているビルで視覚障害者の方が別会社で働いていると聞きました。学ぶ環境を与えられれば彼らにも将来があるのだと思いました。しかしインフラもまだまだ改善が必要、誘導ブロック等もないこの環境で社会進出をして暮らしていくのもなかなか厳しいな、と率直に思いました。
●目の見えない子どもたちといかに遊ぶか。いつもとは異なる準備を。
さて、話を戻してJyothi Seva Society。バンガロールに創設されたのは、1991年のこと。当時は1軒家で、盲目の子どもたちのケアをしていたという。2003年に現在の校舎が建てられ、日本でいう幼稚園から中学校までの子どもたちを受け入れ、教育する機関として生まれ変わった。
中学を卒業した子どもたちは、郊外にある視覚障害者向けの職業訓練校に進むべく、進路が整えられている。
ここに暮らす約80名の子どもたちは、みな貧困層の出自であり、無料で住まいと教育が提供されている。読み書きをはじめ、将来、自立していけるよう、体系的な教育が施されているようだ。また、音楽やダンスなどの情操教育も行われているという。
さて、シスターへ電話をし、訪問のアポイントメントは取れたものの、当日会う子どもたち約70名と、どういう遊びができるのだろうか、少々知恵を絞らねばならなかった。
今までとは異なり「目の見えない子どもたち」であるから、同じような手段では遊べない。とはいえ、ミューズ・クリエイションのメンバーは、誰も盲目の子どもたちと遊んだ経験がない。アイデアを交換しつつ、先週金曜のサロン・ド・ミューズにおいて、準備をしたのだった。
今回は、オンラインショッピングも活躍した。インドのオンラインショッピングにおける先駆的存在である flipkart.com で「子供の玩具」を探し、木製の積み木やパズル、それに楽器などのおもちゃを調達した。ちなみに、カルナタカ州は塗料などに害のない、天然の木材や染料で作られた玩具が伝統工芸の一つでもあり、最近ではモダンにデザインされたものも販売され始めている。
折り紙やおもちゃで遊ぶには、目が見えない子どもたちの相手だけに、人手が必要だ。一気にまとめて数名を対応できる「本の読み聞かせ」もしようと、数日前は書店へ赴き、絵本を探した。なるたけ簡単で、自分たちにも読みやすい、ストーリーが簡略化された絵本を……と、「不思議の国のアリス」や「白雪姫」「裸の王様」などを手に取る。
「ヘンゼルとグレーテル」も、お菓子の家の描写がおいしそうでいいかなあと、立ち読み。ところが読み進めれば、ヘンゼルとグレーテルを騙していた魔女が「盲目」で、最後にかまどに突き落とされて殺されるという描写が出てきた。これはいかん。恐るべし童話世界。目の見えない子どもたちに敢えて読み聞かせる本ではないと却下である。
さて、子どもたちの前では、いつも歌を歌っているのだが、今回はいつもの「見上げてごらん、夜の星を」や身体を動かして歌う、”Head Shoulders, knees and toes!” そして「幸せなら手を叩こう!」を歌うことにしていた。
それから、自分たちが盛り上がりたいがために、映画『天使にラヴソングを』でおなじみのゴスペル、”Oh! Happy Day!”も。なにしろ、修道女会である。修道服のシスターの前で歌うには、あまりにもピッタリな歌ではないか。できればシスターたちにも歌ってもらいたいものである。
それはいいとして、「幸せなら手を叩こう!」。これは、そもそも、メロディーはスペイン民謡、歌詞は日本人が付けたもので、それを坂本九が歌って流行ったらしい。歌詞は英訳され、異国でも歌われているようだ。
というわけで、英語の歌詞をプリントアウトし、みなで歌おうと練習してみるが、やったら早口で難しい。誰もまともに歌えない。
If you're happy and you know it, clap your hands (clap! clap!)
If you're happy and you know it, clap your hands (clap! clap!)
If you're happy and you know it, then your face will surely show it
If you're happy and you know it, clap your hands (clap! clap!)
考えた結果、
「幸せなら clap your hands」と、日本語と英語を混ぜて歌おうということに決めた。相当、格好わるいが、英語でしどろもどろよりは、ましである。子供には、事前に「幸せなら」の意味を教えればいいと考えた。
手を叩こうの他に、「足を踏みならそう」とか、「指を鳴らそう」とか、「アーメンと言おう」とか、「ぐるりと回ろう」とか、いろいろある。が、取り敢えず、2つ、3つでいいよね、ということで落ち着いていたのだった。
●メンバー総勢23名で、団体を訪問。まずは挨拶で自己紹介。
さて、当日の朝10時半に現地集合。合計23名のメンバーが集まった。先方に空けていただいた時間は1時間。目の見えない子どもたちを相手に、果たして1時間も遊ぶことができるだろうか。小さな懸念を抱えつつも、建物に入る。
建物に入って、驚いた。たいていのNGOはきれいに整備されているが、この施設はまた格別に、明るくて清潔であった。お借りしたお手洗いもきれいで、今まで訪れたどこよりも、快適な環境である。
階段を上り、最上階のホールに通される。と、ホールにはすでに70名の子どもたちや先生が椅子に座り、静かに我々の到着を待ってくれていたのだった。
なお、この施設では、子どもたちの写真撮影が禁止されているので、わたしたちが歌っている様子と、玩具の様子だけを撮らせてもらった。
まずは、最初にご挨拶。なにしろ、彼らはわたしたちの「気配」は感じても、どういう様子なのかわからない。なお、子どもたちの目の具合は子供によって異なるとのこと。
生まれた時から見えない子、年齢とともに弱視となった子。疾患に伴い、突然見えなくなった子……。また、ただ、真っ暗、あるいは光を感じる、あるいはぼんやりと輪郭は見える……という具合に、その度合いも異なるという。ともあれ、全ての子がまったく見えていないという前提で交流するしかない。
わたしたちは日本人で、今、ここに約20人います……と言いながら、挨拶をはじめた。
子どもたちは、わたしの声にじっと耳を傾けている。
「日本を知っていますか?」と問えば、「イエス」と返事がきた。が、なんとなく、あまり自信がない様子が伝わったので、「中国を知っていますか?」と問うと、今度は元気よく「イエス!」と返事が来た。
やはり、日本のことはあまり知らないだろうと、インドの隣の国である中国の、そのまた向こうの隣にある、海洋に浮かぶ島国なのだということを伝えた。
わたしたちの様子を知ってもらうために、わたしたちの風貌の特徴を伝える。
「肌の色は、インドの人々よりも明るめで白っぽいです」
特に、反応がない。
「目は、インドの人よりも、小さいです」
といったら、笑いが起きた。
「鼻は、インドの人よりも低いです」
と言ったら、更に笑いが大きくなった。
実は、目の見えない子どもたちにとって、風貌はどのように捉えられるのだろうか、まったく想像がつかなかった。が、目は見えなくても、目が小さくて、鼻が低いという「自虐ネタ」で笑いが取れたのは、少々意外であった。
これはたとえば、これまでに「目が大きいかわいらしい女の子」とか、「鼻が高いハンサムな男の子」といった描写を何らかの経験を通して認識していているからこその、「目が小さい」「鼻が低い」は、一般に麗しいものとして評価されないという認識があるのだろうか。
個人的には、「日本人の足は、インド人よりは短めです」と言ったらどんな反応が返ってくるのか興味があったが、あまりしつこい自虐ネタは憚られるのでやめておいた。
さて、本当は、このあたりで子どもたちの心を掴むためにも、持参したおやつを配りたいところであったが、子どもたちは注意深くわたしたちの気配を感じ取ろうとしており、お菓子に頼る必要は一切なさそうである。それに加えて、ホールがとてもきれいに掃除されているので、おやつをこぼしたりして散らかすのも憚られた。おやつは最後に渡すことにした。
●歌を歌う。歌を歌ってもらう。歌の上手さ、英語の上手さに驚く。
さて、まずはみなで『見上げてごらん、夜の星を』を歌う。これは友情の歌であることを説明した後に、歌う。それぞれに真剣な表情で聴き入る子どもたち。中には、子供にも関わらず、なにやらゆったりとした風格があり、まるで達観した老人のような揺らぎのない様子で、腕組みをしながら聴き入っている子もいる。
次は、”Head shoulders, knees and toes!”。みなに立ち上がってもらい、身体を動かすので少し椅子をずらしたりして、ピアノの伴奏に合わせ、歌う。ほとんどの子はこの歌を知っているようで、一応は説明したのもの、頭、肩、膝、踵……と、身体の部位に触れながら、歌う。
動きが伴わない子供の身体に触れて、教えながら、何度か繰り返し、歌う。察するに、触れられてうれしく思う子と、あまり触れられたくない子がいるに違いない。それは、見た限りではわからないのが難しいが、それでも、あからさまに嫌がっている子供が見受けられなかったのは助かった。
そして『幸せなら手を叩こう!」。「これは日本語の歌詞ですが、英訳もあるから説明しますね……」英語を読み上げるが早いか、子どもたちは「知ってます!」と、歌い始めた。
しかも流暢な英語で。
しかも、何番も、違うヴァージョンを。
来訪前は「子どもたち、英語、わかるかなあ」などと話していたのだが、まったくもって、杞憂であった。
諸々、「負けたな」とは思ったが、ここで怯んではいけない。”Oh Happy Day!”も歌う。すると、子どもたちもお返しに歌ってくれる。その歌が、なんの歌だかはよくわからないが、とても上手い。もちろん無伴奏(ア・カペラ)で歌っているのだが、音程が安定していて、発声もとてもよい。すばらしい。
●自分たちにできることは何なのか。臨機応変に、柔軟に、遊ぶ。
いつも慈善団体を訪問する際に、メンバーにお伝えしているのは、「そのときどきの状況に応じて、柔軟性を以て、できることをしましょう」ということだ。
なにしろ、初めて訪れる場所。どんな子どもたちがいて、どんな様子で、どんなことができるのかは、行ってみなければわからない。行き当たりばったり、ぶっつけ本番というのは、不安もあるが、その場でやることを考え判断することは、自分たちの創造性や柔軟性を刺激することでもある。
もちろん、ある程度の材料は揃えているから、手持ち無沙汰になることはない。もっとも、子どもたちの人数の方が3倍以上多いから、全員に注意を払うのは無理だとは最初からわかっていた。それでも、なるたけ多くの子供と触れ合おうとする気持ちがあれば、彼らも理解してくれるだろうと判断した。
持って来た玩具や折り紙用の新聞紙、本、楽器などをメンバーがそれぞれ携えて、数名ずつの子どもたちを集める。あっというまに、たくさんのグループができ、それぞれに、遊びがはじまった。
わたしは、最初、4人の子どもたちに、新聞紙でかぶとを作った。彼らの注意を引くために、今やっていることをしゃべりながら折るのだが、これがかなり難しい。一生懸命折っていると、傍らでふっくら太った男の子が、自分の指先で、わたしの腕を、す〜っ、す〜っと、やさしく撫ではじめた……。く、くすぐったいんですけど!!
通常なら、「やめて!! くすぐったい!」と言うところだが、これは目に見えない子供からのコミュニケーションだと我慢しつつ、折る。が、今度は、肩やら背中やら、あっちこっちを、す〜っ、す〜っと、やさしく撫で始める。い、犬じゃないんだから!!
と思ったが、面白いので放置しておいた。
そんな風に触って来る子もいれば、わたしが触れると、やたら大喜びできゃっきゃと声をあげる子もいる。その一方で、折り紙を教えようと手をとっても、あまり反応がなく、冷たい手をした子供もいる。
いろんな子供がいる。
次に絵本を広げて読もうとすると、本を奪い取る男の子がいる。それを母親のようにたしなめる女の子がいる。絵本の表面をなでながら、「これ、何も書いてないよ、本じゃないよ」という子もいる。
少し遊んだ後は、全体の様子を眺めに回る。わたしたちメンバーにとっても、いつもが初めての新鮮な体験だから、戸惑うことの方がもちろん多い。それでも、それがどんな慈善団体であっても、一度訪問を経験すると、その経験値は格段に変わる。2回と3回の差はほとんどなくても、0回と1回の差は、大げさにいえば「人生観が変わるほどに」違うのだ。だからこそ、ともかくは、一度でいいから、こうして自分たちとは境遇の異なる世界に生きている人々と触れ合って欲しいと思う。
そうすれば、こちら側が「施してやっている」のではなく、向こうから「施されている」ものの大きさにも、気がつくからだ。