インド百景。

坂田マルハン美穂のインド生活通信

 
 

※2010年2月の訪問記録(ミューズ・クリエイション創設以前)

喧噪の中の静謐。涅槃に近い場所、ホスピス。




本日、OWCのコーヒーモーニングのあと、ランチを挟んで午後、ホスピスを訪問した。先日行ったチャリティ・ティーパーティの寄付金を託すことが目的だ。



バンガロール在住の日本人女性(計8名)とともに、ホワイトフィールドにほど近いホスピスへと赴く。喧噪のエアポートロードに面しているにも関わらず、色鮮やかなブーゲンビリアの花の下をくぐり抜けてゆけば、そこは静寂の空間がだった。

今回、ホスピスを訪れようと思ったのは、昨年訪れたOWCが支援する慈善団体のエキシビションにて、ホスピスの職員と出会い、ぜひ訪問をと勧められたからだ。

加えて、2004年に肺がんで他界した亡父の、最後の場所がホスピスであったこともあり、あれこれと思うところあって、訪ねたいと思っていた。



まずは応接室に通され、マネージャーのヘマに同施設の概要をお聞きする。

創設者は、医療とは関係のないビジネスフィールドに身を置いていた、キショール・ラオ氏。かつて彼は個人的に、医療関連の施設への寄付をはじめとするヴォランティア活動をしていた。

その際、すでに医学では手の施しようがない末期のがん患者が、家族のもとに帰され、しかし家族らは苦しみの姿を見ること以外、なにもできない……という悲惨な状況に、心を痛めていた。

バンガロールにも有料のホスピスはあるが、貧しい人たちにとっては利用できる場所ではない。ラオ氏は「無料のホスピス」の設立を思い立ち、今から15年前、その作業に取り組み始めた。

土地の購入や建物の建築、諸々の認可など、ひとつひとつの行程に時間がかかるインドである。準備期間は、ホームケア・サーヴィスと称して、がん患者の住む場所へ車で医師を巡回させる活動をしていた。

4年後、この建物が出来上がり、患者を受け入れられるようになった。全部で50床。患者の80%は貧困層だという。残りは中流層、富裕層の患者だが、入院費用は一切受け取らないとのこと。但し、寄付は受け付けており、現在すべての運営にかかる費用は、寄付金からまかなわれているという。

ドクター2名、看護師8名、カウンセラー2名を含め、60名のスタッフがシフト制で動いてる。ちなみに今日、32名の患者がいるとのことだったが、昨日4名が他界したという。当然ながら、日々、患者の数は変動し、45人を超えることもあるし、今日のように少ないこともある。





部屋は、共同の部屋(写真左上)と個室(写真右上)に分かれているが、共同の部屋でもなお、きっちりとカーテンで仕切られており、プライヴァシーが保たれている。簡素な設備ながら、どの部屋からも緑、あるいは水辺が見え、明るく平穏だ。部屋から出入りする際に、他の患者を見なくていいようなレイアウトになっており、設計そのものに配慮がある。



建物は、広々とした池を取り囲んでおり、誰もがすぐに、この水辺に佇むことができる。

水面に空が、雲が、太陽が映り込み、うなだれてなお、そこには天がある。

このホスピスでは、一般のホスピスと同様、治療は行わない。ただ、肉体的な痛みを取り除くため鎮痛剤を施す。

家族は24時間、いつでも訪れることができる。一家総出で働かねば生計が立てられない低所得者層の人々にとって、このような場はかけがえのない存在であろう。ベッド、食事、痛み止め、心の平穏を、ここでは与えられる。時折、ヴォランティアで演劇やダンス、音楽などを披露する人も訪れるという。



ちなみにここでは、ホスピス運営だけでなく、ホームケア・サーヴィスも続けられている。スラムなどに身を置く末期の患者を、ドクターやナースが訪ねる。中には言葉に表現しがたい、著しい傷や痛みを伴い苦しむ人々のもとへ、彼らはこのオートリクショーに乗って、回診する。

このほか、ナースのトレーニングも行っているという。

貧しい家庭の若い女性たちをここで教育し、働かせる。もちろん、働いているスタッフに報酬は支払われる。とはいえ、しかし平均勤務年数は、結婚前の4、5年だとか。

「あまり長いこと、ここで働かせるのは酷なのです」

と、ヘマはいう。創設者のキショールもまた、その思いがあるとのこと。人の死が日常の場所で、それは確かに、その通りかもしれない。



祈りの部屋。と記された部屋。ガランとしている。壁の一隅に、釘が刺されている。

「ここは祈りの部屋、とありますが、実は霊安室なのです」

と、ヘマ。亡くなった患者をこの部屋に導き、それぞれの宗教に応じた神様の額縁を、釘にひっかけて、祈りを捧げるのだという。

部屋の反対側に大きなドアがあった。

「あそこから、遺体を救急車に移すのです。遺体が建物の中を通過しなくていいように、この部屋は外の通りに面しています」

とのこと。質素ながらも、その濃やかな心遣いに満ちあふれた在り方に、心を打たれる。



館内には、なんら宗教を示唆するものは見られないが、ヒンドゥー教、キリスト教、仏教、ゾロアスター教……と、インドで信仰されているさまざまな宗教の、額が用意されているのだとのこと。

繰り返すが、この施設は100%、民間、企業からの寄付で成り立っている。主な協力先のリストには、他の慈善団体同様、「欧米企業」の名が目立つ

ヘマが言う。

「先日は、娘の誕生日だったけれど、わたしたちは外食をするかわりに、3500ルピーを寄付したんですよ」

もちろんお嬢さんの同意を得てのことだろう。インドの富裕層。もちろん、一括りに人々を語ることなど不可能であるが、こうして貧しい人、苦しい人に手を差し伸べる人が多いということを再確認する。

今日もまた、お金の使い方について、考えさせられずにはいられない。3500ルピー(約7000円)の寄付は、ちょうどスタッフと患者全員の1日の食費、もしくは1日の薬代になるのだという。

命を終えるときの、恐怖を取り除き、心に平安を与えられることが、本人だけでなく、家族にとってどれほど大切なことか。

これまで、いくつもの慈善団体を訪れて来たが、どれひとつをとっても、大切で意義深い存在だ。世の中には、救われるべき人が満ちあふれている。

異邦人でありながら、縁あってこの国に暮らし、縁あってこの国で仕事をし、利益を得させてもらっている。金額の大小に関わらず、活動の内容に関わらず、自分にできることを、たとえそれがささやかなことでも、社会に還元したいし、すべきであるという思いが、益々強くなる。

KARUNASHRAYA: THE BANGALORE HOSPICE TRUST


↑ホームページはわかりやすく整理されているので、ぜひご覧いただければと思う。寄付や慈善活動に関する情報も掲載されている。

 

●「平穏な死」のための、濃(こま)やかな心遣いと大いなる尽力

さて、今回我々を案内してくれたのは、カヴィタという若い女性だった。上の集合写真の中央に立っている女性が彼女だ。カヴィタは電話でアポイントメントを取る時から、非常にてきぱきと対応してくれ、訪問の便宜を図ってくれた。

同じ市内ながらも、東部に位置するこのホスピスに到達するまで、実に2時間ほどもかけて西部のエリアから駆けつけてくれたメンバーもいる。渋滞がなければ1時間余りで到着する距離だが、昨今の渋滞の、益々のすさまじさに辟易する。

オールドエアポートロード沿いにあるにも関わらず、ここは以前訪れたときのまま、一旦敷地内に入ると静寂に包まれている。

今回は、カヴィタを囲んで、主にはこの施設の話を聞いた。上記の内容と重複する部分も多々あったが、今回もまた、話を聞くにつけ、このような場所の必要性についてを考えさせられる。

このホスピスは1994年に、上記にもある通り、ラオ氏によって創設された。医療とは関係のない、IT関連のビジネスに身を置いていた彼が、病院でのヴォランティア活動を通してがん患者の最後の悲惨さに心を砕かれ、ホスピスの前身を立ち上げた。

最初はホスピスという建築物を伴ったものではなく、瀕死の状態にある患者を訪問してケアすることからはじめたという。インドがん協会の協力を得て、看護師を手配。オートのドライヴァーと看護師ら計3名からの奉仕のスタートだった。

なお、ホスピスという体裁の場所は、インドではムンバイに1980年代半ばに創設された場所がひとつ、そしてここは、インドで2番目の場所であった。どちらも、無償、すなわち慈善団体としてケアを提供している点において共通している。

日本ほか先進国でもそうだが、ホスピスの存在感というのは、一般に広く安定して認識されているわけではない。インドにおいては、たとえばガン専門の病院があり、そこで死を迎える人が大半だという。しかしそこには、「平穏な死」はないのだという。

それは、日本とて、同じことだろう。

わたしの父が亡くなる直前に運び込まれた救急病院は、まもなく死を迎える人とその家族が過ごすには、あまりにも、すさまじく、尊厳が踏みにじられた、あるいは無視された世界であった。

父は4年以上も末期の肺がんを患っていたが(概ね自分で身動きがとれる元気な時が長かったのが救い)、最後に救急病院に運ばれたときも、まだ最初は死を迎える心境になっていなかったようで、ホスピス行きを拒んでいたようだ。

父が危篤と聞いたわたしが米国から一時帰国をし、父の病状が落ち着いたので、再び米国に戻った数日後、また病状が悪化してホスピスに移った。またしても米国から日本へ数日後に帰国したが、あいにく間に合わず、成田空港に到着したころに、父は息を引き取っていた。

ちなみに父が最期の時を迎えたホスピスでは、とてもよくしていただいたと聞いている。

ホスピスとは、死に向かう場所、であることから、自身ががんであることを知らない患者、あるいは知っていてもまだ死に向き合いたくない患者にとっては、絶望の場所にも映るだろう。

しかし、実際には、本人も周囲の人間も、ひたすらの苦しみ、悲しみのうちに死を迎えるよりも、きちんと心のケアをうけ、痛みを緩和してもらい、平穏な死を迎えることこそが、人間の最後の尊厳を守ることなのだ、という姿勢が、この施設のありようから伝わって来る。

なお、このホスピスに収容される患者の約45%が、自身ががんを患っていることを知らないという。家族が告知を拒むケースも多いとのこと。一昔前の日本も告知をしないケースが主流だったように思うから、これは決して珍しいことではないだろう。

だからこそ、ケアする者にとっても、細心の注意、心遣いが必要となる。

日本など、平均的に多くの人たちが、平均的な医療を受けられる環境にある国と、このインドとでは、あまりにも環境が違いすぎる。

貧困層、低所得層のがん患者は、おおよそ、悲惨な状況で、打ち捨てられるように、在るという。家族は仕事をせねばならず、ろくに介護をする人もなく、汚れたまま、寝たきりの人たち。

そういう人たちが、ここに来て、まずは身をきれいに清められ、栄養のいきとどいた食事をとるだけで、みるみるうちに生気を取り戻し、束の間、元気になるという。だから、すぐに帰宅したがる人もいるほどだという。

「清潔にしてもらうということは、人間の尊厳と結びついているのです」というカヴィタの言葉には、深く頷くばかりだ。

たとえばわたしとて、体調が悪くてシャワーを浴びられずにいたあと、髪を洗い流すだけで生まれ変わったような気持ちになったことは一度や二度ない。清めることの尊さは、活力にもつながる。


●その静かな場所を、静かに、見学させてもらう。

カヴィタにいざなわれて、館内を巡る。大まかには、前回の訪問記録に記しているので、ここでは割愛する。

ただ一点、瞑想室の話については、前回聞いていなかったので記しておこう。

館内のはずれの、日の当たる静かな部屋。そこは瞑想室になっている。瞑想するための部屋でもあるが、同時にここは、「相談の部屋」「語り合う部屋」でもあるという。

患者の精神面をサポートすべく、ドクターがコンサルテーションをしてくれたり、あるいは家族の気持ちの在り方などを提言してくれるべく、心理学的側面からのサポートもあるのだという。

また、家族同士が交流し合うことによって、気持ちをシェアし、不安を心に封じ込めることから解き放つといったことも、行っているようだ。いろいろな面において、大いなる救い、だと思う。

わたしの家族もまた、父の死を前にして、このようなサポートをしてもらえたら、もっと違う形で死に対峙できたのではないだろうかとさえ、思う。

日本人の2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで死亡しているという昨今、終末期医療の問題は、他人事ではない。

書き始めると、自分の心に浮かぶさまざまな思いを綴りたい衝動に駆られる。が、尽きない。参加メンバーから寄せられた感想から、ホスピスの状況が見て取れるかと思うので、わたしからのレポートはこのくらいにしておこうと思う。

自分も含め、身近な人の死を前にした時の有り様について、また終末期医療についてを、誰もがしっかりと考えておくべきだとの思いを新たにしつつ、今回もまた意義深い訪問であった。


カヴィタ曰く、まずはこのようなホスピスの存在を、多くの人に知ってもらいたいとのこと。寄付金を募りたいというのはもちろんのことだが、まずは知ってもらうことが重要である。というわけで、Facebookを訪れ、もしも心に留まったら「Like」を押して欲しいとのこと。

https://www.facebook.com/KarunashrayaBHT

ちなみに現在、この施設を支援しているのは、タタ・トラストを中心とするインドの企業及び個人からの寄付金だとのことだ。

なお、ミューズ・クリエイションからは今回、30,000ルピー(約52,000円)を寄付させていただいた。

以下は、参加メンバーのみなさんからの感想だ。


【感想1】

利益を顧みない無料のホスピスという施設で、働いている方々が、患者さんやご家族に非常に丁寧で配慮ある対応をされていることを知り感銘しました。


常に死と向き合わなければならない仕事の心労ははかりしれませんが、家族の負担を減らし、患者さんが心穏やかに最期のときを迎えられるよう手助けをするという活動は、非常に意義のある活動だと思いました。


まずはこの様な施設があるということを知れたこと、実際に目で見て感じることができたということが、自分にとってとても大きなことだなと思います。ありがとうございました。


【感想2】

印象的だったのは人を人として受け入れ、自分の家ではないけれどそれに近い存在としてありたい、という雰囲気が感じられることでした。

ただそれは、私たちが通りすがりの者としての存在であり入院している人たちにもあまり会わなかったせいかもしれません。中で繰り広げていられる毎日の生活は、想像以上に厳しいものがあることと思います。

そのような施設を医療関係者でもないITエンジニアが作り上げ、全額寄付で運営されているという奇跡にも近い話。慈善団体を訪問するたびに、高い志に動かされ、現実を動かし、理念を実現させている人々の強さに圧倒されます。

自分にはそんな強さはないけれど、自分ができる範囲で何か関われることがある。それは自己満足にすぎないかもしれないけれど、ミューズの活動を通して社会を見る目が広くなったのは確かです。

子どもたちと遊ぶのは大好きなので、いつもそちらに気をとられてしまいますが、今回は担当者の話をじっくり聞いて自分たちの活動の結果としての寄付を素直に喜んでもらえた様子が、とてもよくわ かりました。一人では決してできない貴重な体験でした。


【感想3】

オールドエアポートロード沿いにあるとは思えない程静寂に満ちた場所でした。職員の方々の佇まいから生まれる静寂さなのかもしれません。ケアを受けられている方のほとんどが女性で、そこに男性優位のインド社会(男性は家でケアしてもらえる)と女性の強さを見た気がしました(自分の最後の時を見つめることができる)。

また好きな衣服を自分で選んでいるということからも最後の時を待っているというだけではないある種の豊かさが感じられました。

草間彌生のような赤い水玉のパジャマを着ている人もおり、人は自分の好みを最後まで表したい生き物なのだな、と人間の業を思いました。

ただホスピスでこのような手厚いケアを受けられる人は限られています。それは日本でも同じことでしょう。ホスピスについての認知の問題もあります。終末期医療のあり方をあらためて考えはじめています。


【感想4】

こちらのホスピスは全て無償で提供しているにも関わらず、非常に患者さんと、そのご家族へのメンタル面での配慮がきめ細やかで素晴らしいと感じました。

また一つ印象に残っているのは、患者さんが入院着ではなく、好きな服を着ているということです。私の父も胃がんで亡くなりましたが、最期は普通の病院で過ごしました。入院着でしたが、母が少しでも顔色が明るく見えるようにと、ピンクやオレンジのTシャツを父に着せていたのを思い出しました。細かな事ですが、そのような配慮が随所に見られて心温まりました。

ホスピス内は非常に開放的で、自然の光や風を感じられ、とても良い環境だと思いました。インドにこのようなホスピスが増えるように広められたら良いですね。


【感想5】

ホスピスを訪問するのが初めてだったこともあり、非常に有意義な経験をさせていただきました。想像していたよりもさらに環境が整っており、スタッフの方々が活き活きと働かれていた点がとても印象的で、病院とは異なり、人間的で温かくナチュラルな空間が提供されていたことに感心しました。

終末期の問題はやがて我々の身近にもやってくる事柄なので、どのように過ごすべきなのかを改めて考えさせられたと同時に、今、自分にできることを、たとえ小さくても何か社会に役立てていくことが必要だと強く実感いたしました。このような貴重な機会を与えていただきありがとうございました。


【感想6】

終末期医療のインド国内で最先端施設がベンガルールにあることに、この地域が潤っていると感じた。また、人口12億人の国で60床にも満たない施設。数字だけで見ると、なんてか弱き存在だろうと思った。助けられない人の圧倒的な多さに、自身の存在意義を見失わないのか気になった。

しかし、事務局員の情熱的な話し方、この仕事に誇りを持って臨んでいる姿。そのことで、数字に囚われず、やれることをやる、目の前のことから始めることに美しさを感じた。小さなことからコツコツと。ここが始点となりインドにムーブメントを起こして欲しい。


【感想7】

最初は、ホスピス訪問と聞いて大丈夫だろうか? と不安に思いましたが、ホームページを見て、開設された経緯などを読み訪問してみたいと思いました。

病室は風が吹き抜ける気持ちの良い環境に配置されていて、このホスピス建設に関わった、たくさんの方の思いが集約されているのだと思いました。

貧困で病院での治療も困難な方が終末とは言え、ここで最後の時を過ごせる事は本人にとっても、家族にとっても本当に幸せな事ではないだろうかと感じました。

医師や看護師、スタッフの苦労や心労もはかり知れないと思いますが、末期の方のために、努力されてる姿は素晴らしいです。それを支える事ができるのは、慈善活動ですね。

今回ホスピスを訪問して、大小関係無く自分達の活動が意義深いことだと改めて感じました。ホスピスが増えて、一人でも多くの方の心のケアができることを願っています。


【感想8】

寄付で成り立っている施設に訪れるのは初めてだったのですが、寄付で成り立っているにも関わらず、施設の充実はもちろんのこと、精神的なケアの部分なども非常に充実していることに驚きました。また、働かれているスタッフの方々の笑顔がとても印象的でした。

ホスピスという存在も聞いた事はあったのですが、詳しい内容を今回の訪問を機会に知ることが出来、良かったです。働かれる皆さんの立場と、そしてもし自分が患者側に立ったとき、と色々と考えさせられることがありました。

また、寄付金を贈呈したところ、

「今度のディワリで使っていい?」と大変喜んでくださっていた様子を見て、私も嬉しくなりました。


【感想9】

今回の訪問先がホスピスに決まったと連絡をいただき、美穂さんの前回の訪問記を読ませてもらいながら、私は死を間近にした人が過ごされている施設に立ち入る事に、不安や少し怖いという気持ちがありました。今まで、身近な存在の人が癌で亡くなった経験があるにもかかわらず、です。

そして、施設の方たちがどんな考えを持ってそこで働いていらっしゃるのか、ぜひお会いしたいと思いました。

施設に到着して驚きました。貧困層、末期ガン患者というイメージとは正反対の、とても明るく近代的な建物だったからです。中も、爽やかな風が通り抜け、緑もあふれ、物がきちんと整理整頓されていて、ここで働く方たちの素晴らしさを感じました。

ここで最期を迎える方やそのご家族は、きっと安心して過ごされるでしょうし、患者さんの亡くなられた後、残されたご家族は穏やかにそれを受け入れて行ける、その環境を充分提供できる場所だと思いました。

スタッフの方も素晴らしく、このお仕事に誇りと情熱を持って取り組まれていて、雑念のない、真っ直ぐな気持ちが素晴らしいと思いました。

施設の中で見かけた方たちの笑顔がとても柔らかく、私まで癒されました。

ここで学ぶ若い女性が、施設側が探さなくてもどんどん来ると聞いて、この団体の素晴らしさがどんどん広がっていると私も嬉しくなり、同時に応援を続けたいと思いました。

死を迎える準備、お手伝いは決して他人事ではなく、見ないようにしているだけで自分のすぐ近くにあります。今回の訪問は、私の気持ちの準備をさせてくれる、とても重要なものとなりました。ありがとうございました。


【感想10】

私の印象に強く残ったのは、もう食べることも出来ないかもしれないけれど、最後にその人の食べたいと思うものを作ってあげるというお話でした。それは特別なものではなく、元気なころによく食べていたものであったりするそうです。

施設の心遣いに感動すると同時に、やはり出来ることなら家族のもとで最後の時を迎えられるのが、一番の幸せなのだと思いました。

辛い気持ちがこみ上げてきた時、厨房で働く女性のスタッフが、私たちの方をむいてにこやかに手を振ってくれるのが見えて、ホッと救われた気になりました。

どんなところにも癒しがある、それがホスピスなのかなと思いました。


【感想11】

インドで数少ない、バンガロール唯一のホスピスということでしたが、想像をはるかに超えた居心地の良いところで驚きました。特別な臭いもなく、中央には池があり、個々のお部屋も閉鎖的ではなく、ほとんどのところが扉を開放していました。もちろんラグジュアリーとはまた別物ですが、死と向かいあっている方々が落ち着いて過ごせるような、自然ある静かな空間がそこには広がっていました。

また、スタッフのくつろぐ場や患者や家族対ドクターだけではなく、家族対家族で終末期のこと以外でもお話ができるカウンセリングルームがあったり、付き添いする家族のための寝室もあり、終末期の患者さんやご家族、またケアをするスタッフのことまでよく考えられた造りになっていました。素直に感動しました。

さらに、ほとんどが支援金でまかなわれているという中、訪問看護のようなことまでされているとうかがい、本当に素晴らしいなと思いました。

しかし現在は55床しかなく、今後こういった施設が普及していったらいいなと思います。インドには来たばかりで国の状況等を詳しく知らないのですが、こういった施設が増えていくには、何が必要でどうしていったらいいのだろうか…と考えるきっかけになりました。